異世界の未来の一つ
「件の転生者、安室祐一が転生した異世界は懲罰的な異世界でな。 平穏な生活とは程遠い世界な訳なんだが……」
フレイアが件の異世界の背景について話し始めた。その異世界は他の一般的な異世界とは違い、魔法だけでは無く科学も芽生えた世界であり、2つの技術が並行して発展していった世界であるのだそうだ。
神の奇蹟や悪魔の仕業とされていた現象が科学によって解明されていき人々から信仰心が薄れ始めている信仰心の獲得に期待が持てない世界である。
その異世界は恒星の周りを公転する連星、アースガルドとマーズスフィアの二つの惑星が舞台となって構成されている。
アースガルドは人間と多数の亜人種で成り立っている魔法と科学が混在した世界であり、一方のマーズスフィアは単一種により発展した科学のみの文明である。
科学に秀でていたマーズスフィアは自分達の隣の星に興味を持ち、全く違う進化発展を遂げているアースガルドに探査機を飛ばし彼らの姿を目の当たりにした。
科学のみが発達したマーズスフィアの者達は発展が遅れているアースガルドに対して侮蔑の感情を抱く事となった。そして彼らはいつしか緑豊かなアースガルドを支配下に収めようと言う野望を持ち始めたのである。
連星と言っても隣の惑星にコンビニ感覚で行けるはずも無くマーズスフィアの者たちがアースガルドに行ける様になるまでにはある程度の時間が必要とされた。
そしてマーズスフィアの者達が探査機を送り込んでから百年余り
順当に宇宙空間への進出を進めていた彼らはアースガルドへと侵略戦争を開始したのであった。
「……と言う訳だ。で、この世界は星間戦争の歴史が続いていくはずだったのが件の安室祐一が戦争を終わらせてしまったのだ。マーズスフィアの圧勝だ」
「へぇ〜、そうなんですか」
あまり興味が無いのか、フィーナの反応は完全な他人事である。 ミレットにおやつをあげながら片手間で聞き流している様な有り様だった。
「フィーナ三等兵! き〜さ〜ま〜、ちゃんと聞かんか! お前の出張の話だぞ!」
やる気の見られない部下の態度に上司の怒りが炸裂した。
「それで……その異世界に降りて私に何をしろと?」
信仰心の獲得が見込めない異世界への出張にフィーナのテンションは上がらない。それに、何の変哲もない転生者が引き起こすトラブルなど知れたものなのだ。
「お前の目的は安室祐一と同じ土俵に立ち、イキり散らかした奴の鼻っ柱とメンタルをへし折る事だ!」
「はぁ……?」
フレイアの言葉にフィーナは間の抜けた声を上げてしまった。フレイアから話をよくよく聞いてみたところ、異世界での戦いは双方が人型機動兵器を用いた全面戦争が行われている世界との事である。
その中でも安室祐一は人型機動兵器の扱いに天賦の才能を見せ、誰も太刀打ちが出来ない程の壁となって立ち塞がっているのだ。
「あまりにも並外れた戦果を上げているもんだから、上と協議して強制的に歴史から排除しようともしてみたんだが……」
フレイアが言う通り、 片方が圧勝してしまう歴史は天界にとっても望むべきものでは無く戦争集結自体も安室祐一の影響でかなり早まってしまっている。その歴史を避けるため安室祐一を強制的に排除しようといくつか手を売ったらしいのだが……。
安室祐一は天界側の策略をいとも簡単にすり抜けて転生先の人生を謳歌しているというのである。
「そんな相手に私にどうしろって言うんですか……」
フィーナがグラスの酒に口をつけながらボヤき気味に呟くと
「そ〜れ〜を何とかするのが貴様の仕事だ〜! フィーナ三等兵! 知恵を絞って対策を考えろ!」
ーグリグリグリグリ!ー
フレイアが両拳でフィーナの頭を挟み込み全力で圧迫を加えてきた。
「んぎゃああああ〜!」
理不尽なパワハラにフィーナはたまらず悲鳴をあげてジタバタともがき始めた。とんだ丸投げであり八つ当たりも良いところであるが、安室祐一の転生の経緯を考えるとフィーナに責任の一端が必ずしも無いとは言い難い。
「とにかく、レアと連携してどうにかして安室祐一をなんとかしろ。早速明日から異世界に降りていけ」
頭を抱えて痛みに苦しんでいるフィーナに辞令が出されてしまった。
(うへぁ……)
乗り気でない出張などうんざり以外には形容のしようがない。 フィーナは現実逃避気味にミレットに手を伸ばすと
ーギュッー
ミレットを抱きしめ、しばしの現実逃避を堪能するのであった。
フィーナにとっての陰鬱な飲み会が終わった後、散らかったテーブルを片付けていると
「細かい資料は明日用意するが、今回の異世界では魔法はほぼほぼ使えないと思っておいた方が良いぞ。主戦場は宇宙空間だ。火・水・風・土は使い物にならん。女神だから光属性は使えるがな。機動兵器の操縦技能はちゃんと覚えていけよ」
醉いが少し覚めたのかフレイアがフィーナに明日からの仕事について軽く話していた。どうも、フィーナが送られる異世界の立ち位置も決められている様で、アースガルド側の外人部隊の新入りとして送り込まされるらしい。
アースガルドにおいては亜人種は外人扱いで人間達とは明確に区分けされている世界なのだそうだ。また、人型機動兵器の武装は実弾系がメインで搭乗員の魔法の潜在能力に合わせて特別な兵装が使えるといった感じである。
だから、光属性のフィーナであれば宇宙空間でも優位に戦えるはずというのが今回の計画を立てた上の目算であるらしい。
実際に誰かが異世界に降りて現場仕事をやららければならないのであれば、異世界の転生者対応のエキスパートであるフィーナをおいて他に居ないというフレイアからの太鼓判である。
「簡単に言うと丸投げですよね?」
片付けを終えたフィーナがソファーに座りひと息付きながら、フレイアに指摘を入れる。
「そう言うな。今回は転生課としてもきちんとバックアップしてやる。
連絡はすぐに返す様にするしお前が撃墜されそうになったらちゃんと助けてやるから心配するな」
ーバシバシ!ー
やや落ち込み気味に話すフィーナの隣に座ったフレイアは、フィーナの肩をバシバシ叩きながら笑顔で話している。 どうも彼女の中では既に問題は解決してしまったかの様である。




