実態続き
「リリスよ! 何をしている! 全軍を統率しろ!」
雷にも負けない程の魔王の怒声が飛んできた。
(へ? な、なんで私?)
フィーナはどうして自分が怒られているのかさっぱり分かっていなかった。実際のところ、白い鳥で魔王に指揮権を渡されたフィーナだが話を聞き取れておらず、指揮権を渡したと思い込んでいた魔王との間に齟齬が生まれていたのだった。
魔王に護送車まで来られたくないフィーナは急いで護送車から飛び出すと怒り心頭な魔王の元へと飛んで行った。そして
「お許し下さい、魔王様!」
と、平身低頭。演技抜きでの反省の弁を述べるのだった。
「愚か者め! 謝罪はいい。さっさと全軍の損害を減らさぬか!」
雷の舞う中地面に土下座するフィーナを叱責しつつ魔王は
「あんな雷雲、吹き飛ばしてくれるわ! ぬうん!」
ーゴオオオオオッ!ー
魔王は両腕から黒い竜巻を発生させると両腕を重ね合わせて一本の竜巻の様なモノにしてそれを上空の雷雲に向けた。
ービュオオオオオオッ!ー
黒い竜巻が当たった雷雲は見る間に吹き飛ばされていき、その隙間からは青空が覗き始め陽の光が差し込んできた。地上で雷から逃げ惑っていた魔物達からは拍手喝采、魔王様万歳の歓声が巻き起こり始めた。
「いいか、リリス! これが魔王軍の将たる者の振る舞いだ」
何だか格の違いを見せ付けられてしまった様でフィーナはションボリと長い耳を垂れ下げながら申し訳無さそうに小さくなっている事しか出来なかった。その時街の方角から
「ファイアーボール!」
ードオオォーン!ー
何者かが魔法を放つ音、魔物達が焼かれ吹き飛ばされる音が聞こえてきた。
「突破口は開けたわ! ユート! ボックス!」
続け様に女性の声が聞こえてきた。フィーナにはその声に聞き覚えがあった。
「ぬりゃああああっ! ユート! シェリーぜ! ここは俺達に任せて先に行け!」
今度は野太い男の声。どうやら勇者一行が既に魔王軍の陣地に到着していたらしい。勇者達は万全の体制でこちらに向かってきていた。
一方、迎え撃つ側の魔王軍は先程の落雷による被害から立て直っておらず、勇者達を迎え討つべく立ち向かった魔物達は次々と倒されていく。
「リリス、次こそ勇者を倒せ。我は魔王殿にて待つ」
魔王はそう言うと、白い鳥に向かっていってしまった。石像から戻ったガーゴイル達が勇者達に向かっていく中、我に返ったフィーナは
(覚悟を決めるしか無さそうですね……)
役者に討ち取られる覚悟を決める以外には無かった。ここまでお膳立てをされてしまっては後は歴史の中の自分の役割を果たす他は無い。
ーバサッ!バサッ!バサッ!ー
フィーナはふわりと飛び上がると魔王目掛けて全力で駆けている勇者ユートの元へと向かった。
「雑魚め、音速雷撃斬!」
「ぐわあーっ!」
フィーナが勇者の近くまでやってくると彼がノリノリで魔王軍相手にイキり遊ばされているのが見えてきた。勇者に立ち向かう魔王軍の面々はいずれも先程の落雷によるダメージが癒えておらず気力だけで立っている状態に近かった。
「全員下がれ! 今のお前達では魔王様の役には」立たん!」
今勇者に立ち向かっても意味も無く命を散らすだけ……フィーナは眼科で戦う魔物達に後方に下がる様に命令を出した。
「はっ!」
ーバサッ!バサッ!バサッ!ー
空中から急降下で勇者に突進したフィーナは収納空間からエストックを取り出すと
ーカキィーン!ー
「くうっ!」
勇者の頭上からエストックを振り下ろした。勇者は盾でフィーナの剣を受け止めると頭上からの奇襲に歩みを止めざるを得なかった。
空を自在に飛ぶフィーナからは地上の勇者の動きは丸見えだった。当然、防御が手薄な角度も丸分かりではあるのだが、勇者を倒す訳にもいかないフィーナは手加減しながら勇者をおちょくる様な戦い方をする以外には無かった。
自分があっさりと倒されてしまえば魔物達が後方に退却する時間すら無くなってしまう。いくら負けなければならない役割だとしても何も成せずにただ討ち取られる様な負け方をするつもりはフィーナには無かった。
異世界を甘く見ている勇者ユートにはどうにかしてわからせたい。異世界で生きる者達に敬意を払うまでは出来なくても、単なる舞台装置ではないという事を分からせてやりたかった。
「はあっ!」
ーバサッ!バサッ!バサッ!ー
フィーナはユートの前上方から奇襲を掛けた。
ーカキィーン!ー
すれ違いざまにエストックによる斬撃を放つ。勇者ユートは今度は剣で受け止める。しかし
「たあっ!」
ードゴッ!ー
「ぐあっ!」
フィーナがユートの背中を去り際に蹴り飛ばすと彼は頭から地面に突っ伏してしまった。
「く、くそう……! コケにしやがって!」
地面に倒されたユートは悔しさに唇を噛んでいる。直ぐに立ち上がり剣を構えた彼は
「天狼爆裂斬!」
大きく振りかぶった剣を振り下ろすと剣から複数の炎を纏った狼の幻影の様なモノがフィーナに向かって空を駆けてきた。
「グオオオォーッ!」
炎を纏った狼達は身を躱したフィーナを追う様に進路を変えてきた。
(誘導弾……?)
フィーナは向かってくる炎狼達を躱し続けているが防戦を強いられていた。炎狼は熱気が凄まじく躱す以外に方法は無かった。
「ブリザードミサイル!」
ーピュン!ピュン!ピュン!ー
フィーナの左手から放たれた氷のミサイルは炎狼達を正確に撃ち抜いた。ミサイルに撃ち抜かれた炎狼は霧散していった。
「ふぅ……」
思わぬ勇者からの攻撃に驚かされたが、対処出来たフィーナはひと息ついていた。その時
「クロススラッシュ!」
ーブォンブォン!ー
今度は勇者が地上から真空波の様な十字の斬撃を飛ばしてきた。
(躱しておきますか……)
フィーナは大きく身を翻し、十字の真空波を避けた。地上の勇者から空中を自在に飛び回るフィーナを補足するのは相当に難儀している様だ。一方のフィーナからは彼の動きどころか同行の神官の動きまで丸見えである。




