保護者降臨
(な、何……?)
目から溢れ出た涙のせいで視界がボヤけているフィーナには何が起きたのか分からなかった。 手足の痛みは引いておらず骨が折れていても不思議は無い感じだった。
「な! 私の傑作達が……! お前は一体……」
「あ、悪魔様! これは違うんです! 私はマスターのご命令通りに……」
誰かは分からないが相当に狼狽えているらしい二人の声が聞こえてくる。
「「問答無用!」」
ーズババババッ!ー
「ぎゃあああっ!」
「あーれー!
フィーナの薄れゆく意識の中で聞こえてきたのが一連のやり取りだった。
「はっ……!」
気が付いたフィーナが見たのは真っ白な空間。ふと自分の手を見てみれば白い肌にいつもの白いドレス、髪も金髪に戻っており自分が天界に戻って来ている事を認めざるを獲なかった。
白い空間で正座させられているフィーナに対し
「フィーナ、あなたは何をしているの?」
どこからかレアの声が聞こえてきた。その声は明らかな詰問口調であり、どことなく怒っている様な雰囲気も察せられた。
「な、何って……敵と戦っていたら捕まってしまいまして……」
フィーナは自分の身に起きていた事をそのまま口にするが……
「あなた、仮にも女神でしょう? あっさり敵に捕まったりして情けなくは無いの?」
レアに責められたフィーナは押し黙ってしまった。さっきの村での戦いは何が悪かったのだろうか……?
いつの間にか敵に村に入りこまれていたのがそもそもの問題だか、一体いつの間に入りこまれていたのか。
(…………)
いくら考えてもフィーナには見当が付かなかった。外を見回っている時に感じたのは地面からのわずかな地響きだけである。
それに村の人達はどうなってしまったのか……?確かに村を守るつもりだったのに、あっさりと負けてしまったのはショックだが……
「あなたは下調べが足りてないの。あの村は地中から敵に入り込まれてたのよ。あなたも以前、戦ったでしょ? 砂漠のサンドワーム」
レアの話によると、魔王軍の将軍アントローポフはワームに穴を掘らせて自らの配下である合成獣を村に送り込んでいたらしい。
要塞相手ならいざ知らず村相手に坑道戦術を使ってくるなど想像もしていなかった。彼らの出口となったのは村の住居にある床下収納庫、物置小屋、納屋など……フィーナの注意が向いていない夜間に人気の無い場所が殆どだった。
正直、事前に下調べをしていたとしても、その事實に辿り着けていた自信は無い。フィーナが民家を調べた時に住民が居なかったのは、すでにキメラ達に攫われた後だったからだそうだ。
「そんな……」
また、フィーナを襲った植物の蔦を生やした化け物はアルラウネというキメラなのだそうだ。アルラウネも床下収納庫から住居に入り住民を静かに誘拐していたらしい。
「異世界で合成術師を見つけたら容赦しないでね。キメラもひと思いに抹殺するのよ?」
レアが言うには、キメラは生き物の魂すら合成されている存在なため、死んで魂となった時に人間と魔物の魂に分離しなければならず、転生課の大きな負担となっているハズ。
彼らは死霊術師と並んで天界に仇なす者である様だ。そんな敵が相手だったとは想像もしていなかったフィーナはがっくりと肩を落としていた。
「行動力があるのは分かるけど、あなた一人で何でも完璧に出来る訳じゃ無いでしょ?」
確かに敵の襲撃方法くらいは事前に調べておくべきだった。敵は夜間にゾロゾロやってくるものだと勝手に考えていたから相手の搦手に対処出来なかったところはある。
「あの世界は私に任せなさい。あなたが気がかりなのは冒険者の女の子達でしょ?」
「で、でもあの子達を助けてしまったのは私の責任ですし、レアさんにこれ以上のご迷惑を……」
ードサッー
自分が手を付けてしまった仕事は最後まで見届けたい。フィーナが途中まで話したところで後ろから誰かが抱き付いてきた。両手を肩に回し身体を密着させてきている。
「迷惑だなんて水臭い事言わないの。異世界の人達を幸せに導くのは私の仕事なんだから」
ーギュウゥゥー
そんな事を話すレアはフィーナを抱きしめる力を強めてくる。
「フィーナちゃん? 心配したんだからね? あなたは危なっかしいんだから」
「す、すみません……」
フィーナは自分の肩に回されたレアの手に触れながら謝罪の言葉を述べた。
「とにかくあの異世界の事は私に任せて。シトリーともちゃんと話しておくから。あなたは自分の仕事に戻りなさい」
そう言うとレアはフィーナの肩をポンポン叩き立ち上がる様に促す。立ち上がったフィーナはレアの方を振り向くと
「レアさん、ありがとうございました。異世界のセシルさん達の事、よろしくお願いします」
そう言ってフィーナはレアに深々と頭を下げた。その時
ーパアアァァァー
「やっと戻ったか! フィーナ三等兵! 仕事だ仕事!」
転移してきたフレイアはフィーナを見るなりフィーナの首に手を回し彼女の頭を小脇に抱えてしまった。
「ぐえっ! ふ、フレイアさん? いきなり何を……!」
頭をフレイアに小脇に抱えられたフィーナはなんとか逃げようと藻掻きながら彼女に尋ねてみたが
「何じゃない! 異世界転生の候補者達が並んでるんだ。今日は残業になると思えよ?」
メインの業務が溜まってしまっては異世界に顔を出しに言っている場合では無い。
「それじゃコイツは連れて行くぞ。邪魔したな」
目的の物を手にしたフレイアは慌ただしくレアに挨拶すると
ーパアアァァァー
フィーナを抱えたまま転移して行ってしまった。
フレイアに連れられてやってきたのはフィーナ自身の仕事場だった。
「早く仕事の準備をしておけ。すぐに送るからな」
フレイアはフィーナを開放するとさっさと自分の仕事場に戻ろうとする。なんとも久しぶりな感覚もするが……
「ミレット、お前もフィーナのそばにいてやれ。私も首が疲れた」
フレイアはそう言うと頭の上のミレットを、ソファーに腰を下ろしたフィーナに手渡して仕事場から出て行ってしまった。
「え? あの……」
ミレットを受け取ったフィーナは彼女を抱き抱えたままフレイアの後ろ姿を見送るのだった。




