魔王の城
魔王城の廊下に取り残されてしまったフィーナはとりあえず
「あの、どこか落ち着ける場所って近くにありませんか?」
状況を整理する時間が欲しいので、手頃な部屋がないか二人に聞いてみる事にした。
「それでしたらシトリー様が使ってる部屋がありますすぜ?そこの角を右手をに曲がって二つ目の階段を……」
フィーナの問いにグリンブルスティはスラスラと答え始めたのだが
「ちょちょちょ! 案内して頂けませんか?」
まだ続きそうなグリンブルスティの説明をフィーナは遮った。彼の説明を聞いたところで迷う自信しかない。
「ええ〜、だってすぐそこッスよぉ? 迷う方が難しいですって」
グリンブルスティは面倒くさそうにしてどうにか案内役を逃れようとしている。
「どうかお願いします。何でもしますから」
フィーナは涙目で必死に道案内を懇願する。その必死さが伝わったのかどうかは分からないが
「わかりましたよ。その代わりポテチ下さいよ? サワークリームオニオンのやつ」
神力がある程度使えるフィーナには形成ポテトの一つや二つお安い御用である。
シトリーによるプロテクトがどの辺りまで及んでいるのか判らないが形成ポテトの生成くらいなら問題なさそうである。会話の最中に収納空間に一ケース分生成してみたが何も問題は無さそうだ。
「わかりました。お願いします」
フィーナとの取引が成立したグリンブルスティにより彼の先導でシトリーの自室に三人で向かう事となった。
(…………)
廊下を歩きながらフィーナは死神が何も喋らない事が気になってきた。一緒に付いてきて貰ってる以上、代理とは言え無闇に差を付けるのは妥当では無いのではないだろうか?
「あ、あの……死神さんはグリンブルスティさんみたいな何か欲しいお菓子とかありますか?」
部下との距離の取り方が不慣れな上司みたいな質問になってしまった。これで正直な答えがかえってくるかどうか……
「ダイジェスティブビスケット……片面がチョコのでお願いして良いですか?」
返ってきた。希望が西洋風なのは彼がそっち方面の死神だからかもしれない。
「良いですよ。はいどうぞ」
フィーナは彼が答えたと同時にこちらも一ケース収納空間に生成を終わらせていた。 長細い箱を後ろを歩く死神の前に差し出した。
「うわぁ、ありがとうございます! すごくうれしいです!」
まるでキャバ嬢の様なリアクションと言えなくもないが、あげる側に好印象を持たれる百点満点の対応を死神はやってのけたのである。
全員が全員に許されるリアクションではないが、素直に喜んで貰えたフィーナとしても気分の良いものである。もっとも、フィーナも歩きながらこんな事をしているから道を覚えられないのだが……
「着きましたよ。ここがシトリー様の部屋ッス」
前を歩いていたグリンブルスティが立ち止まると二人を振り返り、手で部屋の入口の扉をツンツンと指差した。
「リリス様は大丈夫ですけど僕達は入れませんのでこれで失礼しますね」
死神の言葉に普段のシトリーをなんとなく察したフィーナは部屋の扉を開けて中に入ろうとしたのだが
「すみませんが、私この部屋に居るので何かあったら呼びに来て貰ってもいいですか?」
念の為二人に迎えに来て貰う事をお願いしておく事にした。後々何をするにしても道案内は絶対に必要となる。
「ええ〜? 俺何度もはいやッスよぉ〜? 魔王様の城の間取りなんかさっさと覚えちゃって下さいよぉ〜」
グリンブルスティからはもっともな返事が返ってきたが暗く目印の少ない魔王城はフィーナにとっては正に悪魔の住む城であり、色々な意味で生きて出られる気がしなかった。
「あ、心配しないで下さい。何かあったら僕来ますから」
シトリーの部屋とは言え一人で取り残されるかもと不安になっていたフィーナに救いの手を差し伸べてくれたのは死神だった。死神による救いの手となると普通は何か裏があってもおかしくは無いのだが今のフィーナにとっては唯一の希望だった。
「すみませんがよろしくお願いします」
フィーナは死神に深々と頭を下げる。一方、何かを言いたそうにしているグリンブルスティには
「あ、道案内ありがとうございました。こちらが約束の物です」
収納空間から取り出した水色の形成ポテトの筒をグリンブルスティに差し出した。
「あ、あざっす」
要求の割に素っ気ないグリンブルスティの反応だが、彼に死神と同じリアクションをされてもそれはそれで困る。結局、二人はそれぞれの反応を見せて去っていったのだった。
(…………)
魔王城のシトリーの部屋は一応のテーブルとソファーがあるものの殺風景な部屋であった。彼女なら自由に魔界に帰れるのだろうからここを本気で活用する必要は無かったのだろう。
窓の外は夜の様に暗く現在の時間すら不明である。やはり魔王の居城ともなると見栄えにもそれなりに気を使っているのだろう。
広大な大草原のど真ん中、入道雲が見える爽やかな青空の下に佇む魔王の城など威厳もあったものでは無い。魔王討伐にやってきた勇者が本当にここで良いのかと不安を覚えるレベルだろう。
(とりあえず、確認しておきましょうか)
自分自身はただのお飾りのハズで何もしなくても良いとは言われているもののシトリーが抜けたら駄目になってしまう歴史である。何がどうなるのかはさっぱり分からないが、魔界にとって望まない歴史とは天界にとってもよくない歴史となってしまう可能性がある。
ーパアアァァー
(これでよし……)
フィーナは長時間の雑務に備えて神力でティーセットを生成すると先程のダイジェスティブビスケットをお茶受けに準備してソファーに腰を下ろした。
そんなフィーナは魔王城の一室にてシトリーが作成しておいてくれた資料にゆっくりと目を通し始めるのだった。




