来世体験
(…………)
天界の仕事場にてソファーでお茶を啜りながら眼の前で伸びたままの斉田和博の様子を覗う。
「……はっ!」
意識が戻った斉田はフィーナに向けて何度も右手を向ける。
「死ね! この犬野郎! このっこのっ!」
まだ錯乱している様で彼はフィーナを吹き飛ばそうと必死であるが、既に彼からはチート能力は取り上げてある。そもそも手を向けただけで何でも破壊できる能力とか意味が分からない。
あまりに錯乱が続くのでフィーナは指先から小さな電撃の玉を斉田二向けやる気無く放った。
ービリビリビリビリビリ!ー
「うぐわああああーっ!」
電撃の玉が接触するや否や斉田和博はソファーから転げ落ちもんどり打って転げ回り始めた。ひとしきり転げ回ってようやく落ち着いたらしい斉田は
「なんなんだよ! さっきの異世界は! 金返せ!」
また、訳の分からない事を言い始めた。まぁ、さっきの異世界が期待通りの物ではなかった事に対するクレームである事は覗えるが……
「今の貴方がそのままの状態で転生した場合の一つの結末です。異世界は貴方を接待するための舞台装置ではありません。彼らにもそれぞれ人生があり性格があるんです。あなたが彼らに受け入れられるには努力が必要です。そもそも、先程の貴方の言動は何ですか。人様に対して舌打ちとかいい大人がする事ではありませんよ」
フィーナは斉田に向け今の記憶のまま彼を転生させても彼の為にならない事と異世界ではまずやっていけないであろう事をさっきの仮想空間内での彼の振る舞いをダメ出ししつつ、斉田への説得を始めた。
「ですので、記憶や性格を消してまっさらな状態で異世界に降りる事が貴方の為なんです。異世界に降りて新たな人生を歩んで下さい」
フィーナはそう言いながらソファーに戻った斉田の目の前のテーブルに一枚の書類を差し出した。彼はそれを手に取ると面倒くさそうに目を通し始めた。そして
「だからさぁー、なんで平凡な人生なんだよ。これって詫び転生なんだろ? こんなんで誰が納得するってんだよ。どうせなら貴族の御曹司とか王子様とかさぁ、ちゃんとしたイケメンにしてくれよー?」
斉田は転生先である商人のひきこもり次男という人生が嫌であるらしい。フィーナからすれば前回の人生の延長戦でしかない様にしか思えないのだがそれでも斉田は嫌であるらしい。
そもそも詫び転生とか言っているあたりで彼は自分の立場を履き違えている。彼の以前の人生は自分の意志で部屋に籠もり続けた挙げ句の心臓麻痺による死亡である。
死因は心臓麻痺であるがそれを誘因したのは不摂生で怠惰な生活であり、最終的なトリガーとなったのは心臓への多大な負担である。なぜ心臓に負担が掛かったのかは正常な成人男子であるなら珍しくはない生理的な行動の結果であるとしか言えない。
それも誰かに強制された訳でも無い彼の自発的な行動の結果である為、フィーナが下手に出なければならない理由等はどこにもないのである。
「異世界行きを了承されないのでしたら貴方は本来の転生先に行く事となります。貴方の転生先は……食虫植物のハエトリグサですね。頑張って生き抜いて子孫を残していって下さいね?」
フィーナは冷めた声で斉田に本来の転生先を告げた。大抵はここで慌てて異世界行きを受け入れるのだが……
ーパアアアァー
フィーナに右手を向けられ自分の身体が光に包まれ始めているというのに斉田和博は動じない。
「貴方は食虫植物の来世で良いのですか?」
不思議に思ったフィーナが斉田に尋ねてみると
「え? 別にどうでもいいや。楽そうだしただ生えてりゃ良いんだろ?」
恐らくハエトリグサの来世を軽く考えているのだろう返答が斉田から帰ってきた。
(…………)
なんとか彼を異世界に転生させたいフィーナは一計を案じる事にした。彼をさっき異世界の仮想空間に送ったのと同じ様に現実世界の仮想空間に彼を送ってみる事にしたのである。それも、今の記憶を保持したまま……果たして彼は食虫植物としての人生を全う出来るのであろうか?
「おい女神! なんだこれ! ハエ取るのもすげー疲れるし! 全然楽な人生じゃねーよ!」
仮想空間の斉田から速攻でクレームが飛んできた。案の定ハエトリグサとしての人生とは彼の思い描いた様な楽な人生では無いらしい。
「おい! 早く何とかしろ! 枯れる前に俺を助け……」
お茶を啜りながら斉田からのクレームを聞き流していたフィーナだったが、割とあっさり斉田からのこえが聴こえなくなってしまった。
(そろそろ良いですかね……)
仕方無く彼を仮想空間から引っ張り上げる事にした。
ーパアアアァー
仮想空間から戻された斉田は再びソファーでぐったりしていた。あまりに過酷な人生に文句を言う気力も湧いてこない様だ。
「おい女神! なんで今度も俺はそのままなんだよ! 食虫植物の人生なんて初めて経験したわ!」
気が付いた斉田は元気にクレームを入れてきた。そんな彼に対してもフィーナは動じる事無く
「精神をまっさらにしたら助けが呼べないじゃないですか。どちらかと言えば感謝して頂きたい案件なのですが……」
ある意味正論なフィーナに対し際はぐぬぬ……と悔しさを隠せていない。
「どうしても、異世界行きを了承して頂くつもりはありませんか?」
「異世界行けってんなら成功人生じゃなきゃ行かねーぞ! なんでこんな簡単な事がわからねーんだよ!」
斉田はさっきから喧嘩腰を崩さない。彼が腹立だしく思っているのはフィーナの様な小娘に正論で説き伏せられているからばかりでは無い。折角の異世界行きだと言うのに何一つ思い通りにならない事である。
斉田の中では異世界行きと言ったら逆転満塁サヨナラホームランも同義である。異世界に行けば皆がチヤホヤしてくれて札束風呂にて女の子を侍らせる……そんな雑誌の裏の怪しげな広告の様な人生を夢見ているのである。
そんな彼からしてみれば最後の最後で融通の効かないフィーナは単なる障害でしか無い。年齢の割に人生経験の足りていない斉田が癇癪を起こし実力行使に訴えるのも自然な話であったのかもしれない。
進展の見られない斉田を見たフィーナが諦めながら彼を本来の来世へ転送させようと彼の眼前に手を翳したその時




