犬と猿
ーブチッ!ブチッ!ブチッ!ー
騒ぎが収まったトウモロコシ畑に黙々と草むしりに勤しむフィーナと頭に鏡餅の様なたんこぶを拵えたシャーロットの姿があった。
耳を引っ張ってお仕置きとしたフィーナだったが、シャーロットに反省の色が全く見えなかったため再発防止も兼ねて彼女の頭にゲンコツを振り下ろしたのだった。
(まったく……人様に虫を投げつけるなんてどんな教育を受けてきたんでしょうか?)
抜いた雑草を背中の籠に放り込みながらフィーナはシャーロットの問題児っぷりに頭を抱えていた。今は偶然にも呼び出してしまったサラマンダーに彼女の監視と雑草の取り残しの焼却をお願いしているが……。
果たしてシャーロットに信仰心 など芽生えさせる事など出来るのか、最初から無理難題を押し付けられていたのではないかと思い始めていた。
ーブチッ!ブチッ!ブチッ!ー
日が暮れる頃になるとフィーナの受け持っていたトウモロコシ畑の列の雑草は綺麗に取り去られていた。大分、無心になって草取りに集中していたせいか、シャーロットがどうなっているのかなど気にしていなかった。顔を上げたフィーナがシャーロットが居るはずの方を見ると
(え〜と……)
シャーロットが地面にしゃがんでいるのはフィーナがいる場所から百メートルは離れていた。おおよそ全長の半分ほどにしか到達出来ていない。
「ぅおぉ〜い! 嬢ちゃんらぁ〜! 仕事終わりにすっぞぉ〜!」
訛のある男性の声が聞こえてきた。 今日の仕事の世話をしてくれたゴサクの声だ。彼はフィーナの元にやってくると
「おぉ〜! エルフの嬢ちゃんはここまでやったか! 明日は隣の列頼むな!」
バンバンとフィーナね背中を叩きながら明日の仕事の指示まで終わらせてしまった。次はシャーロットの評価だが
「あぁ〜、まぁ初めてだかんな! これから頑張っていけばええ!」
そんな事を話しながらフィーナとゴサクはシャーロットの元へと歩いていく。
「シャーロットさん? 今日のお仕事は終わりですよ? 帰りましょう」
昼間の教訓を踏まえてフィーナはやや離れた場所で立ち止まりシャーロットに声を掛けた。
「手が痛いのよぉぉぉ〜! 草臭いしサイテー!」
ーババッ!ー
シャーロットは振り向きざまに悪態を付きつつ雑草やらバッタやらを投げつけて来た……が、立ち止まったフィーナに届く事は無く、単に雑草を散らかしただけで終わっただけだった。
「私達は先に帰りますから雑草をきちんと片付けてから帰ってきてくださいね」
フィーナはシャーロットにそう冷たく声を掛けると
「サラマンダーさん、お疲れ様でした。行きましょう」
サラマンダーには少し優しげに手を差し伸べていた。前の異世界のサラマンダーと違うとは分かっていても……フィーナにとっては懐かしい炎の精霊である。
「うむ、そうしよう」
サラマンダーは差し伸べられたフィーナの手はスルーして彼女の側にフワフワと浮かんで落ち着いた。
「おい! なんで貴族の私と扱いが違うのよ! 高貴な私を労わりなさいよ!」
さっきまでぐぬぬ……と悔しがっていたシャーロットだが、サラマンダーとあからさまに態度の違うフィーナが気に入らなかったらしい。吠えてきた。
すかさず立ち上がったシャーロットは得意の駄々っ子パンチを繰り出してきたが
ーガシッ!ー
「このぉ〜! 耳長女ぁ〜!」
フィーナに額を抑えられたシャーロットは前に進めず両腕は空転するだけで終わっていた。
「早く片付けないと日が落ちますよ」
シャーロットを気遣ってのフィーナからの助言だったがシャーロットは気が済むまで……と言うよりは
ーブンブンブンブンブン!ー
「ふんぬぅ〜! このおぉ〜!」
シャーロットは『フィーナに一太刀浴びせねば死にきれん!』の勢いで駄々っ子パンチを続けていたので、フィーナの助言などに耳を傾ける事は無く日没までの貴重な時間を無駄に浪費していくのであった。
一足先に宿舎に戻ったフィーナは夜の食事と寝所についての決まり事などを聞いていた。この荘園限定ではあるが基本的に農奴となるのは力と体力に秀でた男性が受け持っており、女性は年配の者が少数居るだけらしい。
女性陣はベッドで寝られるが男性陣はほぼほぼ雑魚寝である事は残業しているシャーロットに引き継いでいかなければならない。
フィーナは翌日まで付きっきりで居られる訳ではなく、夜は屋敷に帰らなければならないからだ。
「へぇ〜、そうなんですか。それで……お野菜はブツ切りで良いんですか?」
夜に寝る予定のベッドの場所も確認したフィーナは年配の女性達と軽く世間話をしながら夕食の支度を手伝っていた。
今日の夕飯もポトフとパンの予定である。材料は昨日運び込んだ野菜と今日運ばれてくる肉類となる。また、パンもきちんと焼きたてが運ばれてくる待遇である。
農奴という立場ではあるが、フィーナが想像していたよりここの生活は快適である様だ。気候や風土に恵まれているのもあるのだろうが、一番はナッサウ公の運営理念が働く者の事に配慮をしたものであるからだろう。
ーガチャー
「ただいま、帰りました」
その時、宿舎の扉が開きシャーロットと……農奴の男の子が入ってきた。
「ダナンくぅ〜ん、わたしおなかすいちゃったぁ〜ん♪」
シャーロットが不気味な声を発しながら隣の少年に張り付いている。二人の知り合った経緯はわからないが、ダナンと言う名前の少年……紺髪で浅黒い肌をしている精悍な彼は明らかにシャーロットの態度に引いていた。
ーガシッ!……グググッ!ー
「シャーロットさん、手は洗ってきましたか? それにご飯の準備は皆でやるんです。遊んでいる場合じゃありませんよ」
ダナンにしがみつくシャーロットに対し、フィーナは全力で引き剥がしに掛かる。年下のはずのシャーロットの吸着力はフィーナが思い切り彼女の腕を引いてもビクともしなかった。
よくよく見ればシャーロットはダナンに足を絡めてガッシリとしがみついている。ここでフィーナはシャーロットの魂に融合させた転生者、大川成美の事を思い出すのだった。




