王都の偵察
気が付くとそこは、人気の無い王都の裏通りだった。さすがに人目につく場所は避けてくれたらしい。
「さて、問題の場所は……」
問題の場所は王都の中心部にある王城の東側、その一角にある大きな石造りの倉庫である。
俯瞰視点で見たのと実際に見るのとではさすがに違う。地上に立つと建物の高さが実感できる。
フィーナは、とりあえず城を目印に王都の目抜き通りを目指す事にした。目抜き通りに出れば城までは一直線である。
(え〜と……)
裏通りを歩き続けたフィーナは程なくして裏目抜き通りに出る事が出来た。
さすがは王都の通りの中心だけあって人・人・人である。
道行く人々は年齢性別種族に至るまで多種多様であり、道沿いには様々な店が立ち並び思わず目移りしてしまいそうだ。
こんな賑やかな街が明日にでも謎の爆発で吹き飛んでしまうなどとは夢にも思えない。
明日までまだ時間があるとは言え、焦りを感じたフィーナは城へと歩みを早める事にするのだった。
王城の敷地入り口に着いてみると、長槍を携えた門番が二人立っている。目的地は王城の敷地内なので、入り口はどうしても通らねばならない。
フィーナの今の姿こそ、この国の立派な聖騎士だが、中身は縁も所縁も無い部外者……言ってみればただの不審者である。
素性が明るみになってしまえば、不法侵入でつまみ出されても何も不思議は無い。
幸いにも門自体は空いており、通行する者を門番がチェックするという態勢らしい。
何食わぬ顔で門番の横を通り過ぎようとしたフィーナだったが
「お待ち下さい!」
ージャキィィィン!ー
門番の一人がすかさず槍でフィーナの進路を塞ぐ。
「どの様なご用件でしょう? また、お名前もお聞かせ願いたい」
同じ様に槍で遮ってきたもう一人の門番も尋ねてきた。
どうやらこの王国の門番は有能らしいが、この程度で狼狽えていては女神は務まらない。
フィーナはすぐにエリート軍人の顔を作り、
「フィーナ・フォン・アインホルンだ。西方方面軍への出頭の前に、王都の重要施設の査察に来た。命令書を確認されるか?」
事前に準備しておいた文言である。ちなみに命令書はすでに偽造済。
相手が関係部署に確認しない限りバレる事は無い……はずである。神様と言えどそこまで下準備が完璧に行える訳でもない。
「失礼致しました!」
門番の片方が慌てて槍を上げる。だが、もう片方の門番に槍をどける素振りは無い。
「フィーナ殿。貴女を王城で御見かけした事が全く無いのですが。それに聖騎士にしては小柄過ぎます」
とんだ有能も居たものである。ただの案山子では無いらしい。
「小柄で何か不都合が?私は戦地で叙任された者だ。諸君らが知らないのも無理は無いだろう」
フィーナが睨みつける様に言い放つも、門番は槍で行く先を塞いだままだ。
ここでもたついていては人目につき大事になってしまうかもしれない。
「あくまで通さないつもりか……仕方無い」
言い終わるとフィーナはこれ見よがしに溜め息をついてみせた。
あまり歴史に介入したくは無いのだが……こうなったら実力行使已む無しである。
「ホーリーライト!」
フィーナはこの世界で一般的な神聖魔法を放つ。
かざした左手から眩い光が閃光弾の様に辺りを照らした。
「うぐっ! 目が!」
信仰心の高い者相手には目くらまし程度にしかならないが効果は充分の様だ。
「卑怯な! 騎士のする事か!」
進路を塞いでいる方の門番が叫ぶが、槍はそのまま進路を塞いでいる。
目を抑えながら腰に挿した剣を抜こうとしているのは流石と言ったところか。
もう一人の門番はと言うと、突然の光に反応出来ず悶えているだけだった。
「すまないがこちらも命令を受けている身だ。さほど猶予がある訳では無いのでな」
フィーナはそう話しながら神聖魔法のキュアを二人にかけていく。
キュアは、この世界では身体の不調を治す魔法の事である。使い手の信仰心の高さに応じてその治癒力の効果も変動する有用なものだ。
外傷を治癒するヒールは多くの者が使えるが、身体の不調を治癒するキュアが使えるのは一握りの高位の神官位しか居ない。
視力が戻った二人はただの聖騎士であるフィーナがキュアを使ってみせた現実を不思議そうに見ている。
「神聖魔法のキュアを……祈りも詠唱も無しに……?」
「神の奇跡か……いや、女神の降臨か……?」
彼らが驚くのも無理は無く、常人が神聖魔法を使う方法は二通りに限られる。
神に祈りを捧げその信仰心の対価として神の力を借りる。 あるいは、定められた文言を口にする事で神の力を行使する……そのどちらかしか無いのだ。
長い修練を必要とし誰でも使える詠唱という手順では、短く無い時間を詠唱に費やさなければならない。
詠唱せずにただ祈りを捧げる方法があるにせよ、どちらにしろフィーナの様に話しながら神聖魔法を發動させる事など彼等の常識的にありえるはずがないのだ。
もっとも、フィーナにとっては神聖魔法の発動など手足を動かす位自然な事なのではあるのだが……中身が女神なのたから当然ではある。
ふと、フィーナが二人を見ると……どう見ても尊敬や羨望ではない、信心深い目でこちらを見ている。
「フィーナ殿! どうぞ、お進み下さい!」
「失礼致しました! さぁ!」
二人の門番は定位置まで戻り直立不動の構えだ。槍で塞がれていた入り口には何の障害も無い。(…………)
これは非常によろしく無い。信仰は神に対して集められる事が望まれるのであってフィーナ個人に集めて良いものでは無い。
本来、人々の信仰心というものは全てが一元的に天界に集められ、然るべき部署を通じてから各神々に対し成果に応じて公平に分配される。
今の様に直接異世界に介入し、自身への信仰心を集めるのは天界の規則においては違反行為とされている。
早い話が業務上横領に当たるという訳なのだ。
「しょ、諸君らの職務への忠実と献身は、神も御覧になられているだろう。
今後も神の御心に違わぬ様にな」
そう二人の門番に言うフィーナは若干顔を引きつらせている。
彼女はそのまま、そそくさと二人の間を抜け王城敷地へと入ってくのだった。
目的地に着くと、そこには大きな石造りの倉庫があり、衛兵が一人歩哨に就いていた。
倉庫を覆う様な結界が幾重にも張られており警備の厳重さが伺える。
「フィーナ・フォン・アインホルンだ。中を確認させて頂きたい」
フィーナは倉庫の入り口を守る警備兵に声を掛けた。
「門番から連絡は来ております。どうぞ、中へ。」
先程と打って変わって、衛兵の対応は二つ返事である。やや拍子抜けだがフィーナにとってはありがたい事この上無い。
「この倉庫には大量の燃える粉が貯蔵されております。この王都で最も重要な施設とされております」
倉庫の中を進みながら説明する衛兵。石造りの通路が建物の外観に沿ってぐるりと内部を囲む様な構造になっている。
「涼しいでしょう? 魔法学園卒の魔術師が適切な温度、湿度管理を行っているのですよ」
そうこうしてる間に倉庫の外周を一回りしていた様だ。眼の前には両開きの大きな鉄扉がある。
衛兵が鉄扉に手を掛けると金属が軋む音と共に鉄扉が開いていった。
大きな部屋の中は見渡す限り金属製の箱の様な物で埋め尽くされていた。
「くそぉ! 僕は貴族だぞ! 魔術師だぞ! なんで僕がこんな仕事!」
唐突に男の怒鳴り声が聞こえてきた。と、思ったら奥からブツクサ言いながら一人の男がやってきた。
その男の外見は緑濃色のローブを着たやや小太り、茶色のマッシュルーム頭が特徴的である。
「なんだお前達! おい! 僕は昼休憩に行ってくるぞ!」
そう言いながらキノコ頭は部屋の外へと出て行ってしまった。
昼休憩のたびにあの長い通路をぐるりと回って出ていくのは大変だろうな……とフィーナが考えていると
「今のはここの管理魔術師、ポールです。元は高名な貴族の御曹司だった様ですが、魔法学園でいろいろあったようで家から廃嫡を宣言されてこの仕事に就いたみたいです」
物知りな門番の説明に感心したフィーナが
「へぇ、よくご存じなんですね。ところで、ここの管理人は彼だけなんですか?」
真面目で高圧的な聖騎士のキャラ作りを忘れ素で反応してしまっていた。そんなキャラがブレブレのフィーナを気に留める事無く
「管理人は今のところ彼だけです。それに、さっきの話はいつもキノコ頭がボヤいているのをまとめただけです。ははは……」
衛兵はやや照れながら答える。まぁ、年頃の女の子に素直に褒められれば照れ臭くなるのも当然か。
「あ、えー…………色々感謝する。しばらく一人で見学させて貰いたいのだがよろしいか?」
素が出てしまっていた事に今更気づいたフィーナは、改めて冷静な聖騎士キャラを取り繕って衛兵に尋ねる。
「分かりました。何かありましたらいつでもお呼び下さい」
衛兵は敬礼をし、何事も無くその場から去っていく。その場に残されたフィーナは彼を見送ると、早速件の爆発物の確認をする事にするのだった。
とりあえず、手近な場所に置いてあった金属製の箱に目をつけ中身を見る。
「やっぱり……」
案の定、箱の中身は黒色火薬の様だ。薬嚢入りの状態で整然と整えられ、きちんと金属製の保存箱に入れらている。
薬嚢一つの大きさから察するに、元から大砲への使用を前提として製造されているのは明らかだ。
建物周囲の結界と言い、室内の空調管理と言い、火薬を扱うに当たって、この世界で可能な方法の最善を執っている。
こうなると後は大爆発の原因だが……
「何だお前! まだ居たのか! 今日はそろそろあいつが来るんだ! 帰れ!」
いきなり怒鳴り散らしてきたのは先程のキノコ頭の管理魔術師ポールである。もう昼御飯を終えて帰って来たのだろうか。
言いたい事をまくしたて、彼はフィーナの横を通り過ぎていく。
「もうすぐだ。もうすぐあいつに仕返しを……」
キノコ頭はブツブツ言いながら部屋の奥へと消えていった。
出来ればキノコ頭にも話を聞こうかと思っていたフィーナだが、今ので大凡の察しは付いた。だが、確証が無い。
「レアさん、聞こえますか? フィーナです」
耳に手を当て、自身の行動をトレースしているはずの天界の女神レアに話しかける。
(はいは〜い! 天界のレアでーす!)
妙にテンションの高い返事が帰って来た。
「この倉庫の管理担当魔術師のキノ……ポールの経歴から明日までの行動を調べて貰えますか?」
長い通路を出口を目指しながら話すフィーナ。
「ちょっと時間掛かっちゃうけど……分かったら連絡するわね。それじゃ〜!」
レアとの通話が終了する頃には長い外周通路を抜けようやく出口が見えてきた。
ガチャガチャと鎧の音だけが通路に響く。
(う〜ん……)
レアから折り返しの連絡が来るまでどう過ごそうかと考えるフィーナ。
とりあえず、人気の無い所で装備を変えようかと思案してみる。
倉庫内の調査が終わった今となっては聖騎士の鎧は重いだけだ。これから街中を散策するにしろ、聖騎士の格好がどれ位目立つのかも分からない。
ボロが出ないうちに目立たない格好に着替えるべきか……と、考え事をしている間にいつの間にか出口に着いていた。
重い扉を開けると日差しが差し込んで来る。薄暗かった倉庫内に比べると、やはり外は眩しい。
「お疲れ様です、フィーナ殿。査察の結果はいかがでしたか?」
さっきの衛兵がにこやかに話しかけてきた。
「ああ、概ね良好だ。これからも王国の為、献身よろしく頼む」
素が出ない様フィーナは改めて気を付けてキャラを作って返答する。
(…………)
やはり慣れない。早めに王城から離れて装備を変えよう……彼女がそんな事を考えていると、
「こんちわ〜」
少年の気怠い声がする。ふと声の方を見ると、三人の少年少女達が倉庫の入り口にやってきていた。
少年の髪はこの国では珍しい黒色だ。少女達の方はと言うと、大人しそうな雰囲気の少女の方がピンク色のボブカット。
もう一方は性格がキツそうな女の子で髪の色は藍色の長髪である。彼らが着ているのはこの国の魔法学園の制服の様だ。
「これはアルフレッド殿。こんにちは。今日も施設の見回りですか?」
衛兵が気さくに声をかけるも
「まぁね〜。あいつがちゃんとしてるか気になるしね〜」
頭をかきながら答えるアルフレッド。その様子を見るピンク色の髪の少女はややオロオロしている。
少年の礼儀のなってない態度が気になる様だ。
「あれぇ? 騎士さんがなんでこんなトコにぃ?」
誰に話しかけているのか判らない話し方のアルフレッドに対し、
「こちらは聖騎士のフィーナ殿です。この施設の査察にいらっしゃいました」
答える衛兵の態度も手慣れたものである。重ねた年齢故の余裕すら感じられる。
「あんまり面白い物無かったでしょ? まぁ、任せといてくださいよ。俺が王国を護ってみせますから〜」
アルフレッドは言うだけ言って少女達を引き連れ倉庫の中へと入っていった。
その後ろ姿を見ながら、フィーナは初対面のはずのアルフレッドが記憶に引っ掛かるのを感じていた。
(今の人間の感じ……何処かで……)
いくら女神でも自らの記憶を的確にすんなり引き出せる訳では無い。
この衛兵なら何か知っているかもしれない。情報は多いに越した事はないし、彼に尋ねてみるのも良いだろう。
「すまない。今の者達は……?」
そう尋ねるフィーナに対し、ちょっと驚いた様子の衛兵が答える。
「あれ? ご存知ありませんか? 魔法学園の生徒であり、若くしてこの倉庫の燃える粉を発明したアルフレッド・オーウェン殿ですよ?」
と、彼を知っているのがさも当然といった態度の答えだ。
「天才っていうのは彼の事を言うんでしょうねぇ。なんでも、この倉庫の設計原案も彼のものだとか」
衛兵の話を纏めると、アルフレッド・オーウェンは魔法学園に入学した貴族家の子息であるらしい。
彼は錬金術の実習中に燃える粉を精製したのを皮切りに、幾多もの活用法を考案。
単純な爆薬から試験的な火砲まで創り上げ、それら数々の実証実験も成功させたらしい。
その成果はやがて国王陛下の知る所となり、現在は新たな兵器開発も進めているとの事。
なんでも、貴族が独占している破壊魔法に匹敵する威力の武器が、ほんの少しの訓練で誰にでも扱える様になるという噂なのだそうだ。
とにかく、国王陛下も一目置く天才との事で今や完全な時の人であるらしい。
「アルフレッド・オーウェン……そうですか、ありがとうございました。これで、失礼します」
衛兵にお辞儀をし、フィーナはその場を後にした。完全に素が出てしまったが、今はそれどころではない。
衛兵の話を聞く限り、アルフレッドは転生者である可能性が高い。
仮にキノコ頭が大爆発の主犯であって、彼の凶行を止めたとしても根本的な解決にはならないかもしれない。
(これからどうすれば良いんでしょう……?)
レアからの連絡はまだ無い。一度情報を整理したくなったフィーナだったが、王都は相変わらず人だらけである。
人の多い王都から離れ過ぎず一人になれる様な場所……となれば、思いつくのは宿屋くらいしかない。
彼女は宿屋を探すため人波へと消えていくのだった。