遅れてきた転生者
施設から帰ってきたフィーナはその日、初日と同じ仕事を任されていた。山の様な洗濯物を手際よく片付けていく彼女は活き活きとしていた。
(昔を思い出しますね……)
オーウェンのでのフィーナの仕事はもっぽら洗濯だった。 家事の技能は新力で付与したものであったが、作業を繰り返して効率よくこなせる様になったのは彼女の努力の賜である。
今から考えると神力を使わずに地道にやっていて良かったとフィーナは改めて実感していた。物事についての技能が秀でていようと努力で積み重ねた技能とは毛色が違う。言ってみれば凡人の熟練者と秀才の初心者の違いである。
よくフィーナのところにやってくる転生者達が求めてくるのは万能の初心者になりたいというのと同義なのである。彼等は能力さえあれば全てうまくいくと考えているフシが見られる。
結局は能力は扱う人……本人の実力に左右されてしまうのだ。それに、未成熟な転生者が調子に乗って後世に悪影響しか齎さなかったソーマの実例もある。
(これで良し……っと)
物干し用のロープに整然と干された洗濯物を見て、フィーナは確かな満足感と自分自身に対する確かな信頼を実感していた。
この異世界に降りて以降、無力感と万能感に交互に見舞われている気がするが神力無しでもそれなりに過ごせている自分にフィーナは徐々にだが自身に対する無力感から解き放たれつつあった。
洗濯中、柔らかな日差しの元鼻歌混じりに仕事をしていたのもその証拠である。先の村でのゴブリン達への対応についても同様である。
十数匹のゴブリンの集団を一人で……それも神力無しで対応出来たというのは地形的にフィーナの有利に傾いていた点を加味しても、彼女が自信を取り戻すには十分だった。
ホブゴブリンに不覚を取ってしまった点は若干の不安を感じさせるものではあるが……そこは気持ちを切り替えて次に生かせば良い。
(え〜と、次は……)
洗濯をやり終えてしまったフィーナはメイド長であるエマの姿を探していた。 今は昼過ぎであり昼食の時間はフィーナが屋敷に戻る前にすでに終わっていた。
「あら、もう終わったの? ちょうど良かった。こっちを手伝って頂戴」
廊下で行きあったエマに呼び止められたフィーナに断る理由などは無く大人しく付いて行く事に。 行き先はキッチンであり料理が置かれる台の上にはいくつものバスケットが並べられていた。すでに何名かのメイドの女の子達も同じ仕事をするのか待機している。
「これを外の農作業の人達の宿舎に運ぶのを手伝って欲しいの」
エマの言葉に反応する様にメイドの女の子達が手に手にバスケットを持ち始める。中身は焼き立てのパンや野菜などで農奴の人達の夕食となるモノである様だ。
小柄な者は軽いバスケットを、フィーナやエマ、多少年上な者が比較的重いバスケットを運ぶ決まりとなっている様だ。
台車を使えば楽なのに……等とフィーナは野菜満載のバスケットを手に外の宿舎へ皆と歩き始めたのだが、自身の間違いに気付かされるまでそう時間は掛からなかった。
宿舎までの道のりは段々畑に沿うように作られており、踏み固められた土の道では台車では返ってお荷物になってしまう。
ジャガイモと人参満載のバスケットを右手左手両手と疲れてきたらだましだまし交代する様にバスケットを手にしていたフィーナだが、さすがに非力な彼女では辛くなってきた。
(く、ここで根を上げる訳には……)
他の女の子達が頑張っている手前、大人であるフィーナが『疲れちゃいました。ごめんなさい』するのは彼女の中でも沽券に関わる。社会人としての世間体を守る為のフィーナの負けられない戦いがそこにはあった。
(お、重い……!)
表面上はお澄ましで通していたフィーナだったが、内心は非常に必死になって死力を尽くしていた。
これが一人であれば逆に収納空間を利用してお散歩気分で一気に終わらせる事が出来るのだが、人の目がありすぎる今の状況ではとても無理な相談である。
(んー!)
バスケット自体の重さと重力にフィーナの細腕は悲鳴を上げていた。それでもお澄まし顔を続けているのは大人としての矜持と見栄と世間体に他ならない。そんなフィーナが一人懸命にバスケットを運んでいると
ースッー
両腕に掛かっていた荷重がほんの少し和らげられた。手元を見ると前を歩いているメイドの女の子の一人がバスケットを持つのを手伝ってくれていた。
「あ、あの……大変だったら言ってくださいね? みんな居るんですから」
恥ずかしそうに手伝ってくれているのは数日前の食事の際、食べるのが遅かった子である。
「あ、ありがとう……ございます」
腕が楽になったフィーナは会釈と共に感謝の言葉を口にした。
「遠慮なんてしないで下さい! 私はシフォンです、よろしくお願いします!」
茶色い髪の女の子は元気に自己紹介で返してくれた。こうしてフィーナ達は日が落ちる前に宿舎に食材を無事に届け終えたのだった。
宿舎からの帰り道、農地沿いのあぜ道を一列で屋敷へと戻るメイド達の中でフィーナは女の子達からの質問攻めに遭っていた。
「ハイエルフって木の実しか食べないって聞いたんだけどホント〜?」
この異世界ではエルフ等は特に身近に居ない存在なのだろう。 フィーナを見る女の子達の目は珍獣を見るかの様な興味津々とした眼差しだった。
「そんな事はありません。皆さんと同じ様に色々な物を頂きます」
フィーナはこれまでに会ってきたエルフの人達の事を思い出しながら答えた。エルフ達とは何人も出会ってきたが特に禁忌とされる様な食べ物は無かったハズだ。
アルフレッドの異世界のエルフィーネはハイエルフだったが普通に酒も肉もかっ喰らっていた有り様である。
エルフの王女役をしていた異世界ではお国柄と言おうか森の恵み由来の料理が多かったが、それはただの土地柄なだけで、肉を食べる機会が極端に少なかっただけである。
この異世界のハイエルフはもしかしたら菜食主義だったりより妖精に近い存在で食物を必要としなかったりするのかもしれないが、今のフィーナに確かめる術は無い。
フィーナが女の子達からの質問に経験を踏まえた返答をしていると
ーガラガラガラガラー
フィーナ達の列の横を一台の馬車が勢いよく通り過ぎていくのだった。




