調査団
山頂での入浴を終えたフィーナがアルフレッドを連れて宿まで降りてくると、日も傾き始めた宿の辺りがやけに騒がしくなっているのに気が付いた。
「王国の兵士の皆さんみたいですね……」
フィーナがはぐれない様にと手を繋いでいるアルフレッドに話し掛ける。
ふと牧草地を見てみると草地の一角に大きなテントがいくつも建てられている。
まるで戦場の野営地の様だ。だが、見た目とは裏腹に兵士達の雰囲気も合わせても物々しい空気は感じられない。
宿の入り口に近付くと、宿の女将さんと女性の騎士らしき人物が話しているのが見えた。
牧草地を借りる事と人数が多い事で騒々しくなる旨を謝罪する様な感じで話している様だ。
女将さん達の元に行くとフィーナ達に気付いたらしい騎士らしき女性が頭を下げてきた。
年齢は二十代中ばくらいだろうか、薄い紺色の長い髪が特長的で先の方で結んでいるのみの様だ。装備は以前フィーナが聖騎士の扮装で王都に滞在した時のものと同一の物である。
彼女の上半身はシルバーのプレートメイルに下半身は白のスカート。騎士として実に様になっている凛々しい女性と言えるだろう。
「貴女方がこの宿の客人か。私はグレース・マックスウェ……」
頭を上げた女性騎士がフィーナ達に自己紹介を始めたところ
「たいちょ〜! グレープたいちょ〜!」
遠くから少年の声が聞こえてきた。女性騎士の後ろから駆けてくるのはまだ幼さの残る少年だった。
年齢は大体十代中頃だろう。金髪のボサボサ頭に簡単な軽装鎧を身に着けている。
(……あれ?)
フィーナの耳に届いた少年の声……どこかで聞いた様な気がするが思い出せない。
ふと女性騎士を見ると俯いてプルプル肩を震わせている。かと思えば突然その場で腰を落とし大きく身体を捻り
「おーまーえーはぁ!」
駆け寄って来た少年目掛け叫びと共に
「上官の名前を間違えるなぁぁぁっ!」
ーバキィッ!ー
振り向いた反動そのまま右正拳突きを叩き込んだ。残心を残している確かな正拳突きだった。
「いってぇぇぇっ!」
正拳突きをモロに食らった少年は、仰向けに吹っ飛ばされたかと思うと地面についた頭を起点に一回転しうつ伏せに倒れ伏した。
女性騎士は倒れた少年を見下ろす様な仁王立ちで
「アルヴィン伝令見習い! お前の頭は年中ブドウ畑か! 私はグレープでもクレープでもクリームでも無い! 何回間違える気だ!」
女性騎士の叱責を受けたアルヴィンはすぐさま立ち上がり
「も、申し訳ありません! グレース隊長殿!」
敬礼の姿勢に移るのだった。今し方殴られたとは思えない程きれいな敬礼だった。
(アルヴィン……? もしかして……!)
フィーナはようやく思い出した。アルフレッドの兄のアルヴィンの事を。
アルフレッドがまだ幼い頃に王都の軍学校へ行くと出ていったきりなので五年ぶりの再会となる。
それはアルフレッドにとっても同様で、彼にとっては唯一慕っていた家族でもある。
アルフレッドがアルヴィンに何かを言いたそうにしているのに気付いたフィーナは
「あの……すみません。そちらの金髪の子、この子のお兄様なんです。少しお兄様のお時間頂けませんでしょうか?」
仁王立ちの女性騎士に話掛けた。女性騎士はフィーナ達に向き直ると改めて右手を差し出し
「グレース・マックスウェルだ。聖騎士で行方不明者捜索の為にこの地にやってきた。よろしく」
自然に差し出された右手にやや戸惑ってしまったが、慣れない手付きでグレースの手をフィーナも握りしめる。
「申し遅れました。私はフィーナと言います。こちらこそ、よろしくお願い致します」
フィーナが自己紹介をすると、何かに気付いたらしいグレースが固い表情を崩したかと思うと
「貴女が……! 先日は妹がお世話になったそうで! 妹のクロエがとても喜んでおりました!」
グレースは言葉と共に握手していた右手に左手も加えて両手でブンブンとフィーナの手を上下に振り始めた。
「貴女方もご無事て何よりでした。数日前から定期便が王都に到着しなくなっていたもので我々が派遣されたのです」
グレースの話によるとかねてから定期便が行方不明になる事は多々あったのだそうだ。
しかし今回は南にマックスウェル婦人と共に妹のクロエも出掛けていたため、心配になり私情を挟みまくって上司を説得し先遣隊としてここまでやってきたという事らしい。
クロエ達は険しい山道を避け、近年出来た快適な有料高速街道を使った為に難を逃れる事が出来たのだそうだ。
一通り話し終えたグレースだが、フィーナの格好が今更気になったのか、まじまじと観察し始めた。そして
「フィーナ殿、もう少し恥じらいと慎ましさというものをお持ちになられては如何かと……」
堅物であろうグレースの眼にも、フィーナのメイド服は扇情的と映ったのかもしれない。
今更、言うまでも無いが今のフィーナは地方の温泉宿でメイド服丸出しである。
正に場違いと言うにふさわしい有り様と言えよう。
「あ……す、すみません」
他者に改めて指摘され顔を真っ赤にしてしまうフィーナだった。
そもそも彼女がメイド服を強いられているのは、女神レアの施したブロテクトがいまだ健在な為でフィーナ自身に責任は無い……はずである。
ちなみに彼女のメイド服は今着ている物も含めて同じセットが三着用意されているので安心である。
「……話が逸れてすまなかった。アルヴィン! 弟さんだ、しばらく語り合ってやれ」
グレースは後ろで直立不動だったアルヴィンに指示を出すと改めてフィーナの方に向き直った。
「申し訳無いが貴女方にいくつか尋ねたい事があります」
グレースの言葉に、フィーナの頭の上にハテナマークが点灯する。
(あなた……がた?)
隣に居たアルフレッドはたった今アルヴィンの所へ話をしに行ってしまったばかりだ。
女将さんもいつの間にか宿の中に消えてしまっている。自分の他に誰が居るというのか……?
フィーナがそんな事を考えていると背後から
「わっかりましたー! 私達でよろしければ!……ニャ」
「そうだな。俺達で良ければ何でも聞いてくれ」
ミレットとシルバーベアの声が耳に飛び込んで来た。
「え? ……え? どこから……?」
思わず振り返り、反射的に後退るフィーナだが二人の存在に狼狽える彼女の反応は仕方ない。
岩山の山頂にある温泉から一本道をアルフレッドと二人でたった今下って来たのだから、後ろに二人が居るはず無いのだ。現に岩山で二人を見掛けた憶えなど全く無い。
「ほらほら、行きますよ先輩! 騎士さん待ってますよ〜……ニャ」
ミレットはフィーナの手を取るとグレースの元へと誘う様に引っ張っていく。
彼女の押しの強さにやや戸惑いながらもミレットに付いていくフィーナであった。
グレースに案内された先は彼女専用のテントだった。さすがに隊長用だけあって、一人分にしては余裕のある造りをしている。
フィーナ達三人が押しかけても大丈夫な位には広さが保たれていそうだ。
「まぁ、入ってくれ」
グレースに促されるまま中に入るフィーナ達。中には折りたたみ式の木製長テーブルと長椅子が置かれており簡易的ながらベッドも設置されている。
「へぇー、こりゃ凄い。俺達が使ってるのとまるで違うな」
シルバーベアはテントの内装に感心している。さすがに冒険者が使うものとは比較にならないらしい。
「長期での使用も考慮の上だ。冒険者のものとは違うな」
グレースは長椅子に腰を掛けたため彼女に倣ってフィーナ達も対面の長椅子に腰を下ろした。
「それでは早速だが貴女方が南の森で見た事を教えて頂きたい」
グレースの話によると本日到着した先遣隊の調査により、定期便の馬車の残骸数台分が見つかったものの生存者も遺留品も遺体も見つからず本格的な調査は明日以降に始める予定との事。
定期便の乗客の中に高名な貴族の親類縁者が乗っていたかもしれず、何かしら手がかりになる様なものを求められている事などが語られた。
また、この森の付近で幽霊が出るという話も人の行き来や物資の流通の悪影響となり、さすがに無視出来なくなってきているそうなのだ。
王国では除霊や慰霊碑の設置なども検討しているのだと…一通りの王国の方針が語られた。
「俺は馬車の中でずっと震えてた」
「私は荷馬車の中でアルフレッド様のお世話してましたー……ニャ」
シルバーべアとミレットは難しい話は勘弁とばかりにフィーナに経緯の説明を丸投げしてきた。
とんだキラーパスである。俺達に説明は任せとけみたいなさっきのノリは何だったのか……。
「はぁ……」
フィーナは深くため息をついた。この二人に説明は期待出来ない……と、彼女はグレースに事の経緯の説明を始める。
「先日の夜、馬が何かに怯えて荷馬車が立往生してしまい私が前路の確認に出る事にしました。闇夜の雨天という事もあって視界もよくありませんでした」
フィーナは昨日の出来事を思い出しながらグレースがなるべく理解出来る様に話を続ける。
「荷馬車から離れた所で馬車の残骸を見つけ、その周囲に何人かの人影が見えました。雨の中佇んでいる様子で不思議に思ったんですが……よく確認したら……その……」
当日の様子を思い出したフィーナが言葉に詰まる。爆発の影響をまともに受けたであろう乗客の遺体、ボロボロの衣類を纏った彼らが虚ろな目で欠損した身体を強制的に動かされている苦痛による苦悶の表情。
老若男女関係なくその場の者達全てが救いを求めて自分に近づいて来る惨状が鮮明に思い出されてきた。
「あの……その……」
グレースに説明する方法を探しフィーナが黙ってしまっていると
「査問している訳ではありません。目撃者の証言は我々には貴重なのです。それに証言はなるべく早い方が良い」
言葉に詰まっているフィーナに対し、グレースは気を遣わずに話す事を促し証言を聞き出そうとする。
目撃者の証言は事件事故の究明に当たり貴重なモノである。しかし、目撃者の記憶というのは衝撃的な出来事に居合わせた興奮も相まって時間とともに正確性を失っていく事も少なくない。
事件事故の詳細を知るには迅速な現場保存と確認が第一となるが、目撃者の記憶が正確な早い時期に多数の証言を集める事が肝要なのだ。
「私は……その光景に耐えられなくて……、とっさにターンアンデッドで彼らの浄化を……すみません」
フィーナは独断で浄化の魔法を使ってしまった事をグレースに謝罪する。
ターンアンデッドは不死者を強制的に浄化するもので、肉体等の物質は塵芥となり魂は天界に送られる神の奇跡である。
彼らに親族との最後の別れをさせてあげる事が出来なかった事を悔いるフィーナだったが……
「貴女…! 貴女もターンアンデッドを使えるのですか!」
グレースの反応はなぜか驚きに満ちていた。彼女はフィーナの隣までやってくると手を取り
「謝らなくて良いんですよ! ターンアンデッドは神に祝福された者にしか使えない神聖魔法なんですから!」
グレースは興奮気味に言葉を続ける。
「彼らも天に召されたでしょうしご遺族の皆様も安心されます!」
思わぬグレースの反応に逆にビックリするフィーナ。この異世界でもターンアンデッドは神聖魔法の一つとして知られている技術のはず……。
昔からアルフレッドに読み聞かせていた勇者達の物語の中でも度々ターンアンデッドが使われていた記述があったからだったのだが……。
「私もターンアンデッドの魔法は使えるのですが範囲がそれほど広くは無いのです! それもレイスなどの亡霊の浄化がやっとでして……」
もしかしたらこの世界では一口にターンアンデッドと言っても、対象に対する効果や範囲に関して術者の力量の差があるのかもしれない。
この世界の常識を隅々まで網羅していた訳では無かったのでフィーナはそこまで深く考えていなかった。
(あ……)
自分を見るグレースの表情が尊敬の眼差しになっている。
実際に魔法を行使した所を見せた訳でもなく、ただの証言で信じてしまうのは……とフィーナは思うのだが、ふと隣を見るとミレットとシルバーベアの二人が云々と頷いている。
もしかしなくても二人には浄化の光景を見られていたのかもしれない。
「し、失礼しました。フィーナ殿、続きをお聞かせ下さい」
席に戻ったグレースが姿勢を正し、改めて話の続きを求めてきた。
なんとなく空気が変わった様な雰囲気を感じつつフィーナは話を続けるのだった。




