外交戦
「我々、エンダール王国はガイゼル王国に対し近日中に正式に宣戦を布告するものと考えております」
晩餐会の翌日、会談の席上でエンダール国王はそう宣言した。
(そんな、どうして突然……?)
全くの寝耳に水な話にフィーナは困惑の色を隠せなかった。あまりにフィーナが知っている歴史の流れと違い過ぎている。
本来の侵攻時期は冬を超えた翌年の初夏の頃だったはずなのだ。
それまでの期間を活用してエンダール王国では重装歩兵の練度向上を、グリンウッド王国ではエルフ達の長弓への武装の転換を図る期間であるというのが本来の歴史の推移であった。
エルフ達は弓矢に慣れ親しんでいるためぶっつけ本番でも長弓を扱う事は出来るだろう。しかし、人数分の長弓を準備するのも矢を用意するのも時間は掛かる。
今の時点で宣戦布告するのでは、すぐにでも軍を動かさなければ意味が無い。
この世界に宣戦布告という行動自体意味があるのかは分からないが、単純に考えれば宣戦布告は敵に準備する余裕を与えてしまうだけである。
おそらく異世界には戦時国際法など無いだろうから、エンダール国王の言う宣戦布告とはなんの意味もない舐めプ宣言としか受け取れないのだが……
「つきましては、皆様にはこの場で旗色を鮮明にして頂きたく思います」
エンダール国王は僅かな笑みを浮かべながら話を終えた。今回の会談はどうも自分達の側に付くかどうかを最終確認する意味合いであったらしい。
「我々はあなた方のお陰で生活も豊かになりました。これまでな様な搾取されるだけの生活に戻るつもりはありません」
いち早く旗幟を鮮明にしたのはヌーディア族の族長……と思しき女性だ。 昨日フィーナが転びそうになったのを助けてくれた彼女だ。
(…………)
確かに彼らがエンダール王国に協力した事による恩恵を考えれば、家畜の乳を安く買い叩かれていた頃に戻るのは不合理だろう。
彼らはそれで良いのだろうが、グリンウッド王国がエンダール王国に協力したのはエンダール王国の軍事的脅威に屈したからである。
しかも、彼らの軍門に下る事に何かしら実利的な利益があるのなら分からなくもないのだが、現在は緩衝地帯だった平地を彼らに明け渡しただけでしかない。
さらに言うならエンダール王国との協力はディアナ王女が小田に惚れてしまった事による個人的な事情によるところが大きい。
「ありがとうございます。それで……グリンウッド王国はいかがなさいますか?」
ヌーディア族の返答を聞いたエンダール国王は次にフィーナに話を振ってきたが、正直フィーナは決めあぐねていた。
国のこれまでの方針を自分の一存で進路変更してしてしまって良いのだろうが……?
外交で失敗してしまえば取り返しが付かない事にもなりかねない。
それならば代役である自分に出来る事は現状維持くらいしか無い。自分の立場を考えると不用意な発言をする訳にはいかない。
「……グリンウッド王国としては、皆様と敵対する意志はありません。ですが、ガイゼル王国に対し宣戦を布告すると先程仰られました事に懸念を抱かざるを得ませんでした」
フィーナは頭の中で正解を探しながら言葉を続ける。エンダール王国がガイゼル王国に対し宣戦を布告するにしろまだ実行していないなら、まだ最悪の事態を回避出来る可能性はある。
「ガイゼル王国と言えばかなりの軍事強国、攻め入るにはそれなりの勝算が必要となります。私が得ている情報では、現状ではかなり勝算は薄いのでは無いかと……」
フィーナは現実的な観点からエンダール国王に再考を促す様な発言をしてみた。
これなら、条件付賛成の体裁は維持できるし先行きの不透明さに不安を感じている姿勢をアピール出来ている。
そんなフィーナの態度を見たエンダール国王は鼻で笑うと
「それでは、今後の見通しはこちらの軍師殿から発表させて頂きましょう」
隣に座る小田に目で合図をするのだった。
すると小田は待ってましたとばかりに立ち上がり、会談の場に掲示されているこの異世界の地図のところまで歩いていく。
そして懐から鉄製の扇子を取り出すとそれを指揮棒の様にして地図の各国を指し示しながら
「我々は宣戦布告直後に部隊をガイゼル王国国境に展開させます。そこからは相手の出方次第とはなりますが、敵を打ち破りながら本国へ侵攻を続けます。そして最終的には王都を攻め落とします」
小田による説明を聞いたフィーナは思わず溜息を付きそうになってしまった。
彼の話は息を吸い込んだら息を吐き出したというくらい捻りのない、悪い意味で工夫の無いものだった。
彼我兵力差の推算値すら出さずに『敵が出てきました、倒して次に行きます』と繰り返している様なものなのだ。
そんなのは『宝くじ買いました、当たったから次も買います。お金持ちになりますよ』と言っているに等しい与太話でしか無い。
「……小田様の考える敵兵力と味方の数はどの様にお考えですか?可能であれば兵站についての考え方もご提示して頂けませんか?」
フィーナ自身、門外漢ではあるのだが敵の予想される動きと部隊への補給についてすっぽり抜け落ちてしまっている小田に対し、さらなる説明を求める事にした。
しかし、そんなフィーナの意見に対し小田は
「はっはっはっ! これは参りましたな。その様な言葉どこかで覚えてきておられたのですか?」
小田はフィーナの意見を一笑に付した。エンダール国王も小田に同調する様に
「ははは……、エルフの王女様は覚えたての言葉を使いたくて仕方がない様ですな」
やはりフィーナの意見など取るに足らない些事と言わんばかりの対応をしてみせた。
そしてエンダール王国側の席からは失笑とも取れる笑い声で満たされていった。
「兵站など考える必要はありません。国境までは荷馬車を随伴させれば十分賄えます。ガイゼル王国に入れば現地調達で十分です」
小田は得意気に自身の考えを披露した。現地調達は近代においてもさほど珍しい話でも無い。
統率がなされて居ない軍隊などは容易く山賊盗賊に成り下がる。
ナポレオンの時代においても補給の遅延により味方の補給部隊が味方に収奪される事案があった位である。
小田の戦略に完璧を求める訳では無いが彼らに随伴させるエルフ達が野盗に落ちぶれる様は見過ごす訳にはいかない。




