追放
アニタが部屋に戻ってきたのはその日の夜遅くになってからだった。彼女の話では一日大変だったらしい。
失神したアルスを街医者に見せるため馬車の用意をしたり、ヒステリックに騒ぐジェシカ奥を宥めたり……
結局腕の立つという隣町の医者に看せる為、夕方頃に馬車で出掛けていったのだそうだ。
そしてジェシカ奥からの言付けとして
「私達が戻ってくる前に二人共消えなさい。もし、私の目に留まる様な事があったらタダじゃ済まないわよ」
との事らしい。アニタのフォローでもどうにもならない剣幕だったそうだ。
しかし、消えろと言われたところでアルフレッドに頼る先の目星など無い。
フィーナは天界に帰れば済む話だが、アルフレッドはまだ一人で生きていける状態では無い。
身寄りの無い子供が生きていける様な福祉制度などこの世界には無く、あったとしても慈善活動として細々とやっている孤児院が精々だろう。
そもそもここでアルフレッドを見捨ててしまえば、これまでの全てが水泡に帰してしまう可能性すら出てきてしまう。
出来る事なら約八年後、王都で大爆発が起きた年……おおよそ八年後までは見届けなければ歴史が確実に修正されたとは確信出来そうに無い。
(…………)
これからどうしたものかとフィーナが途方に暮れていると
「これは奥様が以前仰られていたのだけど……」
アニタが淡々とジェシカ奥か過去に話していた事を語り始めた。
彼女が語ったジェシカ奥の話の内容は、元々アルフレッドの事もいつまでもこの屋敷に置いておくつもりは無かったらしい事。
次兄のアルウィン同様に王都の軍学校へ入れるつもりだったそうだ。
しかし、以前家庭教師をしていたクラウスが宮廷魔術師となり、新しく魔法学校を新設する運びである事。
その一期生とする事を口実にしてアルフレッドを屋敷から出す算段を整えている最中だったのではないか……というのがアニタの話だった。
しかも今回、次期当主である兄アルスに逆らい、暴力を振るった事を名目に無一文で放り出すつもりらしい。
とにかく、これ以上この屋敷はおろか領地にも留まれない。
アルフレッドの身の振り方を考えるにしろ王都の方が選択肢は多いのではないか……というのがアニタの意見だった。
幸い、フィーナの手元にはこれまでの屋敷での給金、銀貨数百枚がある。しばらく暮らすには困らないはずだ。
「アルフレッド坊ちゃま……、王都へ行ってみませんか?」
「……う、うん」
フィーナの問いにアルフレッドが静かに頷く。人の集まる所ならきっと仕事も溢れているだろうし、地方に居るよりは生活基盤が作り易いはずだ。
「それでは参りましょう、王都へ」
これで行き先は決まった。アニタに付き添われ二人はアルフレッドの自室へと移動した。
旅路に必要な物を揃える為であるが…ほとんどはアルフレッドの着替えだった。
荷物の殆どを大きめの鞄に入れただけで旅支度は住んでしまった。
後はフィーナが最初に来た時に来ていたマントを羽織るくらいで済む。その時
ーガチャー
アルフレッドの部屋のドアが勢いよく開けられた。何事かと三人が見ているとミレットが息を切らせながら飛び込んで来た。
「フィーナせんぱ〜い! 私、先輩が居なくなるのは嫌です! お邪魔じゃ無ければ私も連れてって下さい!……ニャ」
すでに大きめの鞄を手にミレットはいつでも旅に出られる装いだ。
せっかく就いた仕事なのに辞めるのは勿体無い……と、思ったが猫族の彼女がジェシカ奥の元で働いていくのは難儀しそうではある。
自分を慕って付いてきてくれる以上、フィーナ自身中途半端は出来ないと、改めて覚悟を決めるしかなかった。
「分かりました。一緒に行きましょう」
フィーナの答えに納得したミレットは満面の笑みを見せてくれた。
歓迎された旅立ちではないのにこうして明るく振る舞ってくれる彼女の存在は大変有り難い。
こうして、フィーナとアルフレッド、ミレットの三人は王都へ向かう事となった。
「あなた達が居なくなるとさびしくなるわね。気をつけて」
「ありがとうございます。お世話になりました」
メイド長のアニタと最後の別れの言葉をフィーナは交わす。
ーギュッー
アニタはフィーナを抱きしめ軽く背中を叩いてきた。
「あなたならきっと大丈夫。アルフレッド様をお願いね」
フィーナを抱きしめたアニタは優しく元気づけてくる。
「は、はい。お世話になりました」
こうしてアニタと数人のメイド達が見送ってくれたが、日も落ちてしまった後の寂しい出発となった。
ーザッザッザッザッー
月明かりがあるため、松明なしでも歩くのに苦労は無い。目指すは近くの街にある駅舎である。
駅舎とは言っても鉄道などでは無く、定期運行されている旅客用の馬車乗り場である。時間的に間に合わないかもしれないが……
街へ向かう途中、いつも洗濯場に遊びに来ていた猫達が集会をしているのが見えた。どの猫も好き勝手に寛いでいるのがよく分かる。
名残り惜しそうにアルフレッドが猫達を見ている。
「アルフレッド坊ちゃま、あの子達はきっと強く生きていきます。私達も頑張りましょう」
フィーナはアルフレッドの肩に手を置き諭す様に話し掛けた。まるで自分自身に言い聞かせるかの様に……
街の駅舎に着いた三人だったが、旅客用の場所はすでに出発してしまった後だった。
乗り遅れてしまったのも問題だがさらに問題なのは次の便が数日後になってしまうという事だ。
さすがに毎日何本もある様な現代社会の様にはいかない。
仕方が無いのでどこかの宿で……と、フィーナが考えていると
「お嬢さん方お困りかい?」
近くを通る隊商の荷馬車の一団から力強い男性の声が聞こえてきた。
その声に反応したミレットが
「はーい! とっても困ってますー!……ニャ」
大袈裟な身振り手振りで答えてくれた。すると、荷馬車はゆっくりと動きを止め、二人の男が
「お前、勝手な事するんじゃない。」とか
「お客になるんなら良いだろ。」とか、
なにやら言い争いながらフィーナ達の元へやってきた。
声を掛けてくれたであろう男性は大柄で冒険者風の出で立ちだ。腰に短剣を差しているのは分かるがどう見ても予備の武器だろう。
全身をプレートメイルで覆っており、歴戦の戦士の風格が漂っている。
もう一人の男性は小柄小太りで黒い髭を生やし頭髪がサイドにしか残っていない。おそらく商人の責任者と言ったところだろう。
「初めまして。私はフィーナと言います。」
フィーナはマントのフード下ろし深々とお辞儀をする。
「あれ?お貴族様んトコのメイドさんじゃねぇか? なんでこんな時間にこんなトコに?」
大柄な方の男性はフィーナの事を知っている様だ。目立つメイド服で定期的に街に来ていたのだから知られていても当然と言えば当然だが。
「荷馬車で良ければ王都まで乗ってくかい? 三人で……銀貨一枚かな」
小太りの男性は手早くお客の要望を読み取り用件を伝える。おそらく客商売は上手なのだろう。
「銀貨一枚で……いいんですか?」
フィーナが驚くのも無理は無い。旅客用なら一人あたり銀貨ニ枚は下らないはずだ。
「ま、あのオンボロだから乗り心地は期待しないでくれよ?」
大柄の男がアッハッハと豪快に笑う。フィーナが商人風の男に銀貨を渡すと
「それじゃ急いで乗ってくれ。出発だ」
と、三人を先頭の幌付き荷馬車に案内してくれた。冒険者風の大男も同じ荷馬車に乗り込む様だ。
「よろしくな、お嬢さん方。俺はシルバーベアって呼ばれてる。これでも冒険者でシルバーのプラスなんだ。今回はこの隊商の護衛を任されてる」
シルバーのプラスと言えば冒険者の中でもかなり上位のはずである。
そんな実力者が比較的簡単な隊商の護衛とは……何が理由でもあるのだろうか?
ちなみに荷馬車の荷台は高い位置にある為上がるのは苦労する。
だが、シルバーヘアが荷台に乗り込む際、フィーナ達に手を貸してくれた。見た目によらず気の回る男である。
全員乗り込んだところで荷馬車がゆっくりと進み始めた。馬の体調や天候にも左右されるが王都へは一週間程度の道のりだ。
幌もあるため天候を気にする必要も無く、フィーナが羽織っていたマントは収納空間に仕舞ってしまった。
馬車が走り出してしばらく、荷台に座っていたフィーナだったが、ふと隣のアルフレッドが眠たそうにしているのに気が付いた。
鞄から布を取り出し荷台と自身の膝の上に布を敷くと
「アルフレッド坊ちゃま、こちらをお使い下さい」
と、彼に膝枕を促す。少し恥ずかしがったアルフレッドだったが眠気には勝てなかったらしい。数分後には深い眠りに落ちてしまっていた。
こうしてフィーナ達は旅の隊商隊と共に王都を目指す事となったのである。




