修羅場?
フィーナはゲイルの意向で彼の執務室に来ていた。昼間に行ったダークエルフ達の尋問内容の聴取に始まり、いつしかガイゼル王国の今後のあり方についての談義にまで発展してしまっていた。
そんな折、カレンに部屋の扉をノックされてしまいゲイルが慌てふためいているという状況だった。
「お前はこっちに隠れていろ」
と、ゲイルは机の陰を指し示しフィーナにそこに隠れている様に小声と手で指示する。
なんとなく状況を察したフィーナも彼に言われるがまま机の陰に身を隠した。
ーガチャー
「ゲイル様、仕事熱心なのは分かりますが御身体も大事になさって下さい。お倒れになられでもしたら皆が心配します。少しは御自身の立場を自覚して頂かないと」
カレンはそう言いながら侍女と言うより弟を注意する姉の様な口振りで部屋に入ってきた。
「あ、ああ。気を付ける」
カレンの言葉にすんなり従うゲイル。その態度は初対面の印象とはまるで違う彼の一面であった。
フィーナから二人の様子は分からないが自分の存在が知られてはいけないという事は肌で感じていた。
やはりゲイルにとってカレンはただの侍女という訳ではないというのが明白となった。二人が日常的な会話をしていると思った次の瞬間
「このお部屋、先程までどなたかいらっしゃいましたか?」
何かを察知したのか、カレンがゲイルに、対し尋問めいた口調で尋ね始めた。
「い、いや……気の所為だろう」
なんとかやり過ごそうと平静を装うゲイルの声も聞こえてくる。
ーコッコッコッ……ー
次に聞こえてきたのはカレンがフィーナの隠れている机の方に向かって歩いてくる音だった。
(あわわわわ……)
フィーナには小さくなって机の陰に隠れている事しか出来ない。
「あぎゃぎゃ……」
肩に留まっているサラマンダーも全力で身を低くして隠れようと必死である。
二人共姿が消せるのだがフィーナはテンパっていてそこに考えが至らず、サラマンダーに至ってはペットは飼い主に似るを無自覚に実践しているだけであった。
フィーナがもう観念してごめんなさいしようと心の中で決意したその時
「カレン! 待ってくれ!」
ゲイルが動いた気配とカレンの足音が止まるのが同時にフィーナの耳に感じられた。フィーナが立ち上がるのを止めて様子を伺っていると
「……君と妹が襲われたと聞いて内心落ち着かなかった」
ゲイルからこんな言葉が飛び出し、その言葉が発せられた瞬間場の空気が変わった感じがした。
「……君が無事だと知った時は嬉しかった」
なんだかこれ以上は聞いてはいけない気がしたフィーナは耳に手を当て必死に息を殺していた。ほんの少しの沈黙が続いた後
「ゲイル様……」
カレンの感極まった様な声が聞こえてきた。
「樣付けは止めてくれ。ここに居るのは僕達だけだ」
ゲイルの声とともに二人が動く物音が聞こえてきた。
なんとなくだが二人が一度向き直ってゲイルがカレンを抱き締めた様な雰囲気だ。
二人きりという言葉にフィーナは気まずい気持ちに押し潰されそうだった。
「出来れば昔の様に……呼び捨てで構わないんだが、立場上無理だろうな」
ゲイルの言葉にカレンが言葉を見つけられないでいるのがその沈黙の長さで察せられる。
「君にはこれからも側に居て欲しいと思っている」
ゲイルは言葉を選びつつカレンに言葉を掛ける。その言葉にカレンは
「そ……それは妹様の侍女として……ですよね?」
動揺しつつ絞り出した様なその口調からカレンが頬を赤らめているであろう事が分かる。
「……違う。一人の女性として君を見ている」
「ゲイル……さま……」
ゲイルの優しい声にカレンは本当に感激している様だ。二人は二人の世界に入って盛り上がっている。
そんな二人の会話を一人聞いているフィーナは気まずさにいたたまれなくなっていた。
(気まずい……)
耳を塞いで息を殺していたフィーナだったが、二人のやり取りに耐えられなくなってきていた。それはサラマンダーも同じだった様で
「は…………は……は……」
完全にクシャミの前兆である。火の精霊でもクシャミをするのか……と、感心していたフィーナだったが今はそれどころでは無い。
(あわわわ……)
フィーナは慌ててサラマンダーの口を挟むように摘んで彼のクシャミを抑えようと試みた。しかし……
「……ップシッ!」
無駄だった。サラマンダーのクシャミの音がゲイルの執務室内に響き渡った瞬間、場の空気が一気に凍りついたのがフィーナにも肌で感じられた。
(あ……)
サラマンダーの口を抑えながら恐る恐る振り向くとそこには
「ふ、フィーナ樣……! どうして……いつからそこに?」
驚いた表情のカレンと呆れた表情のゲイルがそこに居た。
「あわあわあわ、あの……違いますよ? ここに来たのはダークエルフ達の尋問の結果を話にですね? それに今のはサラマンダーさんがクシャミしただけてすから、お二人の邪魔をしようなんて気は全然……」
完全にテンパっているフィーナは早口で弁解なのか何なのか分からない事を口走ってしまっている。
「さ、サラマンダーさんも反省してますから……ほらこの通り!」
フィーナは肩に乗っているはずのサラマンダーに謝るように言って聞かせようとしたが
(さ、サラマンダーさーん!)
当のサラマンダーはいつの間にか消えてしまっていた。万事休す、最初から詰んではいたもののもはや手遅れな段階にまで事態は進んでいた。
「か、カレンさん!」
フィーナは勢いよく彼女に駆け寄ると彼女の手を取り
「わ、私はカレンさんの事、応援してますから!」
大きな声と強い眼差しでフィーナはカレンに励ましの言葉を贈った。そしてついでに神力での幸運の特性付与も行った。
これが二人の時間を台無しにしてしまった今のフィーナに出来る最大の贖罪だった。
「そ、それじゃ私はこれで……!」
この女神、勢いだけで乗り切るつもりである。
「あ、フィーナ樣……!」
フィーナの勢いにカレンが圧されている間にフィーナは執務室から脱兎の如く逃げ出していったのだった。




