恋の行方
アンナとヘイゲルの話し合いは夜にまで及んでいた。
ヘイゲルの退院と一緒に付いていきたいと訴えるアンナに対し、冒険者は危険だから安全な場所にいて欲しいと同行を固辞するヘイゲル。
そこにマリーが横から口出しをする構図となっていた。
フィーナの考えではマリーには聖職者が冒険者として働く現実をアンナに話して貰う事だった。
アンナには覚悟をきちんと固めた上で決断して貰いたかったのだが……。
(何か……違いますよね)
どうも、フィーナが考えていた話の流れとは違うレールに乗っかってしまった感がある。
確かに聖職者が冒険者として働く大変さは伝えているのだが……。
マリーはそれ以上に二人で乗り越える事の尊さや試練を乗り越える人生の意味などを語ってしまっている。
正に火に油を注いでいる様な……二人を焚き付けている様なモノであった。
「良いですか、ヘイゲルさん! 愛する人は何が何でも守り、あなたも生きて帰らねばなりません!」
ヘイゲルには何が何でもアンナは守れと
「アンナさん、あなたは彼を信じて後を付いて行く覚悟はありますか!」
アンナにはヘイゲルを信じて付いていけと力説を続けてしまう有り様だった。
時間経過と共に二人もその気になってしまいもはやアンナを止める事は不可能となってしまった。
(マリーさん呼んだの失敗だったかな……?)
フィーナが自分の判断に自信がもてなくなっていると
「迷っている人の背中を押すのも神官の努めです。困っている人をみかけたらまた呼んで下さいね?」
一仕事終えた感じで爽やかな笑顔を残しマリーは街へと帰っていった。
話を終えたアンナもフィーナの元へとやってきて
「経験者のお話をお聞かせ頂きありがとうございました。私もこれで決心がつきました」
フィーナの手をがっしり握って感謝の言葉を述べてきた。そんなアンナの勢いに押されながらフィーナは
(これくらいなら大丈夫ですよね……)
握られた両手を通してアンナに幸運属性を付与する事にした。
本人次第で幸運が舞い降りるかもしれない程度の幸運だが、純粋な彼女を応援したいフィーナの気持ちの表れでもある。
(…………)
なんだか久しぶりに女神らしい事をしたような気がする。ふと目線を下に移すと不思議そうにこちらを見上げるサラマンダーと目が合ってしまった。
「そういえば……どうして私が呼び出している訳じゃないのに一緒に居てお手伝いしてくれるんですか?」
今のサラマンダーはフィーナが呼び出している訳ではなくサラマンダーの自由意志でここに発現している。
これまではフィーナの神力で強引に呼び出して使役していた訳だが……今はそういった関係性では無い。
ーガシッ!ー
サラマンダーはいきなりフィーナの胸に飛び付いてきた。なんと言うか、猫みたいな動きをしてみせたサラマンダーだった。
(…………)
これがさっきの問いに対するサラマンダーの答えなのだろうか?
胸にしがみついているサラマンダーの頭を優しく撫でながらフィーナは考える。こんな風に誰かに気を許されたのはいつ以来だろうか……。
(アル……)
フィーナはふとアルフレッドの事を思い出していた。自分が居なくなった世界で彼はきちんと生きていけているだろうか?
フィーナが彼と過ごしていた時間の事を思い返していると
ーカプッ!ー
「あいたっ!」
サラマンダーが自身を撫でていたフィーナの指先を少し強めに甘噛みしてきた。
考え事をしていたせいか撫で方が雑になってしまったのかもしれない。
(すみません。ここは撫でられたくない場所でしたかね……)
フィーナが再びサラマンダーに目を落としながら撫で始めると彼は安心した様に目を閉じて眠ってしまった。
眠ってしまったサラマンダーを撫でるフィーナの夜はさらに更けてくのだった。
アンナがヘイゲルの退院に合わせて診療所を去ってから約二週間後、フィーナは相変わらず診療所で治療を受けていた。
足首を元に戻す治療の間は何もせずに流れに身を任せていたが、いまは骨の定着と再生を待っている段階である。
フィーナはこっそり完治までの時間を短縮するべく神力で不自然にならない様に日々自分でも治療していた。
司祭が回復力の速さに驚くくらいの速度にしておけば不自然はないだろうと毎日こつこつやってきた結果だった。
あと数日もあれば退院だろうというところまでこぎつける事が出来た。
診療所を出たら神力で骨折前の状態に完全に綺麗に戻してしまうつもりではあるのだが、とりあえずは自然に退院できるまでの辛抱である。
最近はようやく松葉杖での歩行が許されてきたところであり、昼間などは診療所の周りを散歩したりという様な事も出来る様になってきていた。
冒険者達の絶叫が響き渡る、騒々しい病室から離れられるのは非常に快適だった。
教会の敷地の近くには公園も整備されておりここで日がな一日ボーッとするのもフィーナにとっては癒しの時間となっていた。
人々が労働活動に勤しむ中、街の喧噪を聞きながら社会の仕組みから一時的に離脱している特別感を味わうのは何とも言えない愉悦的な感情だった。
濃緑色の短いワンピース姿の金髪ポニテエルフが木陰で休んでいる姿はかなり人目を引いていた。
何より普段履いているロングブーツもニーソもない、生足丸出しな姿はスカートの短さも相まって非常に目立ってしまっていた。
治安が終わっている様な世紀末な異世界だったらフィーナはひとたまりも無かったのだろうが、ここはこの異世界でも有数の帝国が誇る大都市である。
暢気なフィーナが無事に過ごせるのも治安の良さが成せる結果であった。
退院が近付いたからと言う訳でもないのだろうが、最近はパーティーメンバーがよくフィーナの所に遊びに来る様になっていた。
やはりあの騒々しい病室に来るのは抵抗があったのだろう。それでも定期的に訪ねてきていたザックは流石と言うべきか。
本日はイレーネとアリッサの魔術師コンビにガイとレイチェルの脳筋コンビが見舞いに訪れていた。
フィーナの退院が近付いた事もあり精神的に気を使う必要が無くなったためか、話は退院祝いをどうするかの話になっていた。
なにか食べたいものはないかと聞いてくるイレーネにガイとレイチェルが肉料理一択で返答するやり取りがあった。
(…………)
最初の頃はどうなる事かと不安だったが、今はこの異世界に降りて良かったと思えていた。
後はザック達の無事な未来を見届ける事が出来ればフィーナの仕事は終了となる。
最初のゴブリン退治の頃から考えるとザック達もかなりの熟練者となったはずだから、もう自分の仕事は伸びないだろう……と楽観的に未来を見据えるフィーナだった。




