魔法使い
虱潰しに下水道を行き来するフィーナ達だったが、未だに行方不明の二人を見つけ出す事が出来ていなかった。
そろそろ未踏破の部分が無くなりつつあるのだが、その事実から導き出される答えは、このまま踏破すれば二人が見つかるという希望ではなかった。
それは、彼等はもう下水道の中には居ないのではないだろうか……という、現実味が十二分にある考えだった。
むしろさっきの化け物に捕食されてしまったという最悪のパターンすらも無いとは言いきれない。
また、フィーナ達には松明の明かりしか無いため彼らが意識を失って壁の陰などに居た場合、意図せず見落としている可能性すらある。
(うーん……)
フィーナも神力で彼らを手早く探し出せる方法がないか考えてはみたのだが、青猫ロボットじゃあるまいしそんな便利な方法など何も思いつく気がしなかった。
自らの片目に赤外線識別の能力付与という方法はあるものの、それを付与してしまうと赤外線以外の光学的な識別が難しくなり、慎重に歩かないと通路を踏み外して水路に滑落なんて事にもなりかねない。
ただでさえフィーナはさっき化け物に襲われた経験から足元ばかり見て歩いているのだ。
これ以上自分の注意力を削ぐ様な行動はするべきではない……と、フィーナは心の中で戒めるのだった。
せめてサラマンダーが居てくれれば……と、フィーナが考えているとふと肩に何か気配の様なモノを感じた。
フィーナが何気なく自分の右肩を確認すると
「あぎゃあっ!」
そこには自分の肩の上でくつろぐサラマンダーの姿があった。そして
「やっと追い付いたぞ」
「フレデリカさんとローズさんのお二人は冒険者ギルドで保護して頂きました。二人共ご無事です」
ガイとマリーの二人も下水道捜索中のザック達に追い付く事ができた様だ。
二人共松明を手にしている。これだけの人數なら多少手分けして探しても問題は無い様に思える。
また、サラマンダーには休んでもらって、代わりに光の精霊であるウィル・オー・ウィスプを呼び出して下水道を明るく照らしてもらっても良い。
「ガイ達も来てくれたし別れて探すか。その方が早いだろ」
ザックもフィーナと同じ考えに至った様だ。第一、狭い通路を六人でゾロゾロ歩くのは少々窮屈過ぎる。
じゃあ二人組作って下さーいと言う事になり、ザックとイレーネ。フィーナとレイチェル。ガイとマリーの二人組でそれぞれ改めてこのフロアの捜索を行う運びとなった。
何かあったら大声で叫ぶ事がザックから全員に言い含められた。
「それじゃあ、皆も気を付けてな」
ザックはそう言うと、自分達が調べるべき方向にイレーネと行ってしまった。
さっきの喧嘩などすでに無かった事になってしまっているらしい。
「んじゃ、俺達も行くわ。何かあったら大声で呼ぶんだぞ?」
続いてガイとマリーの二人も行ってしまった。二人の関係はフィーナにはよく分からなかった。
ガイは二十代半ばでありマリーとは一回り位の年齢差がある様に見える。
年齢を重ねた者同士なら年齢の差など気にならないとは思うのだが、マリーの年齢ではガイは相当な年上と感じるはずである。
他人の色恋話に深く首を突っ込む様な趣味はフィーナには無いのだが……
「それじゃ、私達も行きましょうニャ! 接近戦なら任せて下さいニャ!」
改めてレイチェルに自身の特技を紹介されてしまった。
「私は弓矢と精霊魔法を扱えます。一応はスカウトを務めていますので、よろしくお願いします」
フィーナも改めて自分の出来る事をレイチェルに伝えた。
「フィーナさんですね! よろしくですニャ!」
満面の笑顔で返事をしてくるレイチェルに、フィーナは初対面とは思えない既視感を覚えながら彼女の後に続くのだった。
フィーナ達が枝葉の通路の一つを進んでいくと案の定すぐに行き止まりになってしまった。
さっきはこのまま引き返してしまったのだが、今度は念入りに壁を見ていくと柱の陰の部分に小さな木製の扉があるのを見つける事が出来た。
「レイチェルさん、待って下さい! 扉がありました!」
フィーナは前を行ってしまうレイチェルを慌てて呼び止める。この扉の中に何が潜んでいるのか分からない為、慎重に扉の取っ手を引く。
中はただの用具の保管庫だった様だ。朽ちたモップやバケツなどが無造作に放置されている。
二人は保管庫の中に入ってしっかり確認したものの、人の姿はどこにも無かった。
「もしかしたら、他の通路にもこういう小部屋があるのかもしれませんニャ?」
レイチェルの言う事も、もっともである。フィーナ達は他の通路の確認に向かうのだった。
枝葉の通路二本目の奥には地上への階段と行く手を遮る鉄格子、柱の陰の小さい扉があった。鉄格子には鍵が掛かったままで開けられた様子も無い。
小さい扉の方は……中からつっかえ棒の様な何かで扉が開かない様に細工されていた。フィーナが何度か扉を押したり引いたりしていると
ーカランー
木の棒が石の床の上に落ちる音が聞こえてきた。つっかえ棒が外れたらしく扉を引くのに何の抵抗も無い。フィーナが恐る恐る扉を開け松明で中を照らしてみると部屋の中に横たわる人影を発見した。
「アリッサさん!」
レイチェルがフィーナの横を抜けて部屋の中に入っていった。レイチェルが彼女を抱き起こし声を掛けていると
「なーに……? もう朝ぁ……?」
寝惚けた様子の返事が返ってきた。いくらつっかえ棒で扉が開かない様にしていたとは言え、こんな場所で寝られるとは恐れ入る。
しかも仮眠とかうたた寝とかでは無く完全に熟睡であって、荷物入れの鞄を枕にマントを掛け布団替わりにしており安眠の態勢はバッチリであった。
「アリッサさん! こんなところで寝ちゃ駄目ですニャ! 風邪引いたらどーするんですニャ!」
どうやら彼女の名前はアリッサと言うらしい。耳が少し尖っているのを見るにエルフの血を引いているのだろう。
それにしてもレイチェルの注意も少々的外れである。もっと指摘しなければならない事があるはずなのだが……アリッサは旅支度を整えるとフィーナの前までやってきて
「お待たせしました。私は魔法使いでアリッサと言います」
黒い帽子に黒いローブ、黒いマントと完全に魔女の出で立ちだ。髪の色は銀色でボブカットをしている。特徴は黒縁の眼鏡で、見た目はかなり頭が良さそうに見える。
しかし、こんなところで熟睡出来るあたり、どこか大事なものが欠けているのかもしれない。
「初めまして。私はフィーナです。これあなたのですよね?」
フィーナは床に転がっていた杖をアリッサに手渡した。これで残る行方不明者はビリーだけとなった。




