坑道の最奥
ザック達一行が暑さに耐えながら奥へと進んでいくと、地面に何かの塊が置かれているのがちらほら見え始めた。
奥に進むに連れそれらは増え始めた。その塊からは焼け焦げた炭の様な臭いもし、明らかに坑道にはそぐわない物体だった。
フィーナも他のメンバーも、それらが人の遺体かもとは考えたが、その塊はどう見ても人間の身体とは思えない程に焼き尽くされていた。
この世界ではありえない程の高温でなければここまで焼き尽くす事は不可能である。それらには人体の六割を占める水分の痕跡は何もなかった。
こうまで焼き尽くせる程の高温が魔法でも発現出来ないのはイレーネの反応を見れば明白であり、魔法で行使出来る炎は精々が数百から千度近辺の一般的な炎である。
可燃物でもあれば話は別だが人間が魔力だけで発生させられる炎はその辺りが限界だ。
人体が原型を留めない程の高温で焼く事出来ると言うのは、核兵器の様な熱線で瞬間的に焼き尽くす様なモノくらいしか思い当たらない。
或いは魔力を無尽蔵に使える転生者か……それだけのエネルギーを有する何者かである。
坑道の一般的な最奥に着いたザック達一行はそこに折り重なる様にして積み重なっている大量の塊を発見した。
また、坑道の壁の一角が崩れているのも見つける事が出来た。
崩れた壁の先は空洞になっており、熱気はこの空洞から流れ込んで着ている様だ。
ーゴオオオォォォ……ー
「サラマンダーさん、見てきて貰えますか?」
フィーナは熱さの専門家であるサラマンダーに空洞の奥を見に行かせる事にしサラマンダーもその指示に素直に従った。
サラマンダーに空洞の調査をしてもらっている間、フィーナ達は坑道の最奥付近の調査を始めた。
最奥地点には線路は敷設されておらず、つい最近になって掘られたばかりの様だ。
ツルハシやスコップも原型が分からない程にぐちゃぐちゃに壊れている。
「本当に何があったんでしょう……?」
フィーナが周囲を調べつつこんな亊になった原因を考えているとサラマンダーが血相を変えて戻って来た。
サラマンダーは戻ってくるなりフィーナの胸に抱きついてきた。
「ど、どうしたんですか……?」
フィーナが尋ねてもサラマンダーはブルブルと震えるばかりで彼女にしがみついたまま動こうとしない。
「あれ? サラちゃん何かあったんですか?」
フィーナとサラマンダーの様子が気になったのかイレーネが声を掛けてきた。
また、そんな二人を見てマリー達もゾロゾロと近付いてきた。
「なんだ、何かあったのか?」
ザックはフィーナとサラマンダーを見て不思議そうな顔をしている。フィーナは坑道の崩れた壁の向こうの空洞を指し示しながら
「あっちから戻ってくるなりこんな風になってしまって……」
ブルブル震えながら胸にしがみついているサラマンダーの頭をフィーナは優しく撫でながら困惑している。
ーゴオオオォォォ……ー
空洞の奥はあまりの熱気に空気が揺らめいて見える。ザックとガイがそれぞれ武器を構えながら空洞の様子を覗こうと壁の穴に近付いていくと、
ーゴオオオォォ!ー
「うわっ!」
「ぬおっ!」
空洞の下層から勢い良く巨大な炎が立ち昇りザックとガイを掠めて登っていった。
あまりの熱気に空洞の下層には降りられそうにない。ザックはイレーネに
「頼むから魔法で冷やしてくれないか? これじゃお手上げだ」
懇願にも似た指示を出し、その指示を受けた彼女も暑さに耐えかねたらしく魔法の詠唱を始めた。そして
「アブソリュートフリーズ!」
ーキイィィィン!ー
これまで何度も威力を見せてきたイレーネの冷気魔法が発動した。
冷気はあっという間に周囲に広がり暑かった温度を下げ始め。壁や床が湿気により凍り始めた。
「どう? 一丁上がりってなモンよ」
得意気に杖で床をコンコン叩き胸を張るイレーネ。寒さに弱いのかサラマンダーはフィーナの胸で未だにブルブル震えている。
「寒いですよね? 少し我慢して下さい」
フィーナはサラマンダーを優しく両腕で抱え込む。だが、それでもサラマンダーの震えは止まる気配が無かった。その時
ーゴオオオォォ!ー
フィーナ達の背後の通路上に突然巨大な炎の塊が現れた。その炎の中心部は眩い光を放っていたが光は徐々に屈強な体格の大男の姿を形造り始めた。
ザックとガイが光の塊に対して先頭に立ち、すぐ後ろにレアが、その後ろにフィーナが立ちイレーネとマリーが坑道の穴の空いた壁を背にしていた。
ザック達が隊形を整え終えたところで光の塊から声が発せられた。
「我は魔人イフリート……、矮小な人間共よ。さらに我が眠りを妨げようというのか」
炎の塊は自らをイフリートと名乗った。異世界には神にも比肩する力を有する存在が少なからず存在する。
フィーナが以前降りた世界で出会った黒竜ダインスレイフも同じ様な存在だ。
彼らは必ずしも人間に敵対する訳ではないのだが……経緯は分からないがイフリートは敵意丸出しである。
身に覚えが無いまま戦いを仕掛けられそうになり、ザックが慌てて
「ちょちょちょ! ちょっと待ってくれ! 俺達はアンタと戦うつもりは無い! ここでなにがあったんだ?」
話せば分かるとばかりに直ちに説得に入った。だが
「人間風情が我に命令するのか……万死に値する」
イフリートは炎の魔人なのに恐ろしく冷たい声で呟くとザックに手を向けた。
「あちっ!」
ザックが手にしていた剣はあっという間にぐにゃぐにゃに曲がり使い物にならなくなってしまった。熱さに耐えかねザックは剣だった物を投げ捨てる。
「俺達はここに調査に来ただけだ! アンタをどうこうする気は無い!」
ガイも慌てて釈明に移ったが
「人間如きが我をどうこう出来ると思うな。思い上がるな人間!」
イフリートはザックに向けたのと同じ様に右手をガイに向けた。たちまちの内に原型が無くなる戦斧。
おニューの戦斧は無惨にも何も出来ないまま鉄屑になってしまった。それにしてもこのイフリート、話が全く通じない。
人間以上の存在が人の声に耳を傾けてくれると考えるのがそもそもの考え違いなのだろうか?
(サラマンダーさん……)
フィーナはサラマンダーを抱えながら前衛のやり取りを見守っていた。サラマンダーの震えは相変わらず止まる気配が無い。
さっきから怯えた様に震えていたのはイフリートの存在を察知したからなのだろうという事をフィーナは今更ながらに理解したのだった。




