先人達の知恵
「で、そのおばあさんは何か言ってなかったの? そのバケモノに対する生活の知恵みたいな。迷信とかでもいいからさぁ?」
生き残れるヒントまであと少しといった感じでイレーネが前のめりで首領に尋ねてきた。
仮に倒せる方法がなかったとしても逃げる事さえ出来れば後から何とでもなる。そんな答えを一同は期待していたのだが
「そういうのは特に無かったなぁ……」
首領は少し考えていた様だが思い当たる様な事は何も無かった様だ。
あまりに期待外れな答えにザックもつい舌打ちをしてしまう。落胆したのは彼だけではなく
「お前の婆ちゃん使えねーな! 何かねーのかよ!」
隣りに居るガイも結構筋違いな文句を言っている。
命が掛かっているし期待して落とされたのだから悪態を付きたくなるのも分からなくはないのだが……
「駄目ですよ、そう言う事を言っては。ガイさんだって親御さんを悪く言われたら嫌でしょう? そもそも私達の命は……」
マリーがガイに説教を始めそうな勢いで注意を始めた。それを見たガイは人が入れ替わったかの様に慌てだし
「わかった! 俺が悪かった! そこの盗賊のオッサンのお祖母様? 曾祖母様? 私が悪う御座いました! 私は道理の分からぬおたんちんでございます!」
ガイは首領に向かって土下座して平謝りしている。
いつもの豪放磊落さが完全に消えてしまうほどまでマリーの説教は嫌なのだろうか。そんな卑屈なガイを見た首領は
「そういえばひい婆ちゃんが言ってたな。婆ちゃんが小さい頃は帝国行くのに皆、木の棒持って行ってたって。名前は何だったかな、すてるすとかなんとか……」
何の拍子で思い出したのか首領は曾祖母の昔話を語りだした。
だが、その話が何を意味するのか、何かを意味するのかすら分からなかったフィーナは思わずレアの方を振り向いて見た。
(彼が言っているのはかなり以前の話ね)
フィーナの疑問に答える様にレアはこの土地の過去を彼女の頭の中に話し始めた。
昔、帝国との街道は現在よりさらに南に作られていた事。その街道にはサンドワームが出没し長年に渡って少なくない人間が犠牲になっていた事。
その街道を抜ける為に当時の人達は経験からスティルツという足に履く竹馬の様なモノを使ってサンドワームをやり過ごしていた事……などだった。
(フィーナちゃん、竹馬出来る?)
話の最後にレアはそんな事を聞いてきた。竹馬などで遊んだ記憶は無いし出来るとも思えない。
(でも、それってサンドワームから逃げる方法ですよね? 今の窮地を脱する事は……)
フィーナがそこまでレアに問い掛けた時
「ヒヒーン!」
荷馬車に繋がれている馬の悲鳴が聞こえてきた。それも一頭ではなく隊商の荷馬車の各所から聞こえてきた。
荷馬車は地面に引き摺り込まれている馬に引っ張られる形で前方に向かって傾き始めた。
隊商のメンバーは馬と馬車を繋ぐ紐を切ろうと必死になっている。
ザックは護身用の短剣を手に馬車の荷台から前方に向かった。
フィーナも短剣を持っているので出来る事はないかとザックの後を追うのだった。
「ヒヒーン!」
馬車の前部では馬が地中からの敵に襲われ大混乱となっていた。
一頭がサンドワームの触手の様な舌に巻き付かれ泣き叫んでおり、残りの三頭が逃げようともがいている。
隊商の人員が馬を繋いでいる紐を外そうと格闘している最中だった。
辺りには砂埃が舞い上がり息をするのも困難な程だった。ザックが紐を切っているのを見て
(馬は逃さない方が良いかも……)
と、無傷の三頭を自身の収納空間に避難させる事にした。ザックも隊商の人も馬を馬車から切り離す事に必死の様でフィーナが馬を収納空間にしまっても砂埃のお陰で目立つ事は無かった。
フィーナは二人が馬を馬車から外した次から次へと収納空間にしまっていった。
最後にサンドワームに捕らえられている馬の紐を切り離した事でようやく荷馬車はバランスを取り戻し、壊される事もなく元の場所に落ち着いた。
他の荷馬車では馬は救えなかったがとりあえず荷馬車本体は各車無事に済んだ様だった。しかし今回はそれだけでは終わらなかった。
ーボォン!ー
今度は荷馬車の周囲に砂煙が立ち上りサンドワームの触手の様な舌がウネウネと荷馬車の幌にまとわり付き始めた。
舌は周囲を確認するかの様に無差別に舐め回し始めた。
ービリッ! ビリビリッ!ー
「おわっ!」
「押すなよ、狭いんだから!」
幌が破かれ舌が中に入ってくるとその姿にメンバー達から悲鳴が上がった。
反射的に後ろに下がったマリーだがその背後に別のサンドワームの舌が忍び寄っている事にはマリー自身も他のメンバーの誰も気付いていなかった。
ーシュルシュルー
幌を破ってマリーに忍び寄っていたサンドワームの舌は彼女の首に絡まると一気に締め上げ彼女を持ち上げた。
「きゃ! ……かはっ!」
悲鳴を上げる間もなく首を絞められ持ち上げられたマリーに抵抗は不可能だった。彼女の異変にいち早く気付いたガイが彼女を釣り上げている舌を剣で斬り付けた。
「このバケモンがぁ!」
ーズバッ!ー
「ギャアアア!」
地中からバケモノの悲鳴が聞こえ、舌はマリーを放しウネウネと痛がる様に荷馬車の周囲を叩き当たり散らしていった。その度に馬車は大きく揺れ今にも壊れそうな勢いだった。
馬車の前方からザックとフィーナが戻ったのは荷馬車の中が混乱していたその時だった。
「こんの野郎っ!」
ーザバッ!ー
ザックは馬車の中で動き回る触手を斬り落とした。
斬り落とされた舌以外にはフィーナがサラマンダーを向かわせそれぞれに火を放っていた。
火を付けられた舌は火傷をした時の様に地中から息を吹き掛けられながら馬車から離れていった。
とりあえずの危機は脱したが根本的な解決にはなっていない。そもそも馬車自体が敵の攻撃にこれ以上は持ち堪えられそうにない。
「こうなったら逃げるわよ !あっちに大きな岩があるからそこに行くの! ここよりは安全なはずよ!」
破れた幌の隙間から何かを見つけたらしいイレーネが声を上げた。確かに馬車に籠城していても死ぬのが少し先になるだけだ。
だが、彼女が示した岩まで百メートル以上は離れている。その距離を走ってサンドワームに捕まらない保証は全く無い。首領がその事を口にすると
「大丈夫。私にいい考えがあるんだから」
イレーネは首領に笑ってみせた。なんだか不安になる彼女の台詞だが、フィーナ達はとりあえず彼女の考えを聞いてみる事にするのだった。




