旅の準備
正直、この異世界の出張はもう終わったものと考えていただけにさらなる残業にフィーナは気が滅入っていた。
どうも、ザック達パーティーにとってビリーはトラブルメーカーに近い様だ。
それでなくても彼がキッカケとなってパーティーが全滅する方向に話が進んでしまう。
もしかしたらビリーをなんとかしなければ永久に解決しない問題なんじゃないかとさえ感じる。
(…………)
とにかく、今は次の仕事に集中しなければならない。西の砂漠の王国への隊商の護衛との事だが……間違いなくサンドワームが出てくるだろう。
だが、隊商が通る道で遭遇する様な相手なら今回が初めてではないのだろうから、隊商側でも何かしら備えはしているだろう。
まさか、ノープランという無能ムーブはかまさないとは思いたいのだが……
(う〜ん……)
フィーナは郊外に向かいながら神力で光弾を何個か生成していた。あまり時間もないし明日までにはなんとかしなければならない。
(フィーナちゃーん、名前決めてくれた?)
天界のレアからあまりも唐突な声が響いてきた。まるで自分の子供の名前を旦那に聞くかの様な台詞である。
(なんですか、いきなり)
何の話かさっぱり分からないフィーナは当然聞き返すが
(だから、フィーナちゃんにさっき教えた技の名前! せっかくだから何か考えてみない?)
郊外に歩きながらフィーナは頭が痛くなってきた。今日の気温が少し高めな事はあまり関係は無いだろう。
光の矢についてはセイクリッドアローという名前で通っている異世界が多いからそれをそのまま使用している。
だが、今回の光弾はレアのオリジナルであるのだから彼女が決めれば良いと思う。
(レアさんの技なんですからレアさんが決めれば良いじゃないですか)
フィーナの言葉は声には出さずともかなり素っ気ない。関わり合いになりたくありませんと、言っていなくても態度で表明している。
(あら、いいの? それじゃ……フィーナちゃんスベシャルプリティアルティメットボンバーカラミティブラストゴールデンハリケーン! ……とかにしちゃうわよ?)
もはや嫌がらせの様な技名を提案してきたレアに
(……人の名前勝手に入れないでもらえますか。それにプリティとか止めて下さい)
一応フィーナも抗議をするだけしておく事に。
そんな事を話しながら歩いているとようやく森と草地の広がる帝都の郊外まで来る事が出来た。
フィーナは周りに誰も居ない事を確認すると森の入り口に入り、ある程度の広さがある場所で右手を地面に向けた。そして
「はぁっ!」
ーブゥン!ー
気合と共に光弾を放った。しかし地面にはあまりめり込まず先端がほんの少し地中に埋まったくらいでしかなかった。
(ダメダメ、もっと速く撃たないと)
レアからダメ出しが入る。その後フィーナが何度繰り返しても同じ事の繰り返しだった事に業を煮やしたのか
(今からそっち行くから。待ってなさい)
そう言うとレアとの交信が切れたかと思った次の瞬間には
ーパアアアァァァ!ー
眩い光と法陣が現れたかと思ったらその中から一人の女性の姿が現れた。
フィーナが着ている緑色のワンピースと同じ色のロングドレスは、彼女の豊かな胸を隠すつもりも無く形も大きさもくっきりと浮かび上がっている。
ロングドレスでありながら腰まで入ったスリットはかなり煽情的で、白く健康的な太腿がしっかり顕になっている。
長い金髪と横に長いエルフ耳はフィーナと全くのお揃いと言っても良い。
光の中から現れた女性は当然レアなのだが、わざわざ格好を変えてきた意味がフィーナにはさっぱり分からなかった。
「レアさん……、何ですか? その格好……」
今更レアに聞くのもどうかと思ったが一応聞いておく事に。
「フィーナちゃんに合わせてあげたのよ♪ ほら、ママって呼んで良いわよ?」
なんだか寝惚けた事を言っているレアに対しフィーナは呆れ顔を隠さない。その時、森のすぐ近くから物音の様なものが聞こえた。
「誰かいるんですか?」
誰も居ないと思っていた場所だけに誰かが居るのであればここでは練習を続ける訳にはいかない。 フィーナが声を掛けると茂みの向こうから出てきたのはイレーネとサラマンダーだった。
「ごめんなさい。覗き見するつもりじゃなかったんだけど、フィーナさんの様子がおかしかったから探してたんだ」
イレーネは頭を掻きながら近付いてくる。どうやら本当にフィーナが心配で探していただけらしい。
「そしたら森の中で何かしてたから何だろうって……」
どうやらフィーナが光弾の練習に夢中になっている間にイレーネがやって来ていただけだった様だ。
単に練習に集中のし過ぎでイレーネがやってきた事に気付かなかっただけらしい。
(次は注意しなくちゃ……)
自分の軽率さに反省すると共にレアの事を見られていた事実をフィーナが覚悟すると
「あら〜、フィーナちゃんのお友達? 娘がお世話になっております〜。仲良くしてあげて下さいね〜♪」
すっかり母親ムーブでレアはイレーネに近付いていった。
「ちょっと、レアさん!」
慌てて制止するフィーナの声もレアは全く聞いてない。
「まったく、うちの娘ったら恥ずかしがり屋さんで困っちゃうのよね~」
レアはすっかり娘の友達相手にでしゃばり過ぎる、あらあらうふふな母親になってしまっている。
フィーナがレアを止めようとする行動もレアの言葉の説得力に拍車を掛けてしまっていた。
「あ、フィーナさんのお母様なんですね。こちらこそ、お世話になってます」
イレーネはレアの言葉を疑う事もなくすっかり信じ切ってしまっている様だ。
「レアさん、ちょっと! 止めて下さい!」
フィーナの様子もすっかり思春期の娘みたいな感じになってしまっていた。
二人の雰囲気が近いのもレアの甘言の説得力を確かなものにしてしまっていた。
「イレーネさん、行きましょう!」
フィーナはイレーネの手を引いてそのまま森から出て帝都の中心街に向かって歩き始めた。
「フィーナさん、良いんですか? せっかくお母様が来て下さったのに……」
レアの嘘をしっかり信じ切ってしまっているイレーネの反応は自然なモノだったが、フィーナの頭の中は恥ずかしさで一杯で光弾の練習どころでは無くなってしまっていた。
また、フィーナが街中に帰ってしまったからと言って、すんなり諦める程レアが物分かりが良い訳でも無く……
「フィーナちゃーん! 待って〜♪」
フィーナの母親キャラを崩さないまま、レアは彼女達の後を追いかけるのだった。




