夢現
パーティー会場がダンス会場となってからフィーナはより一層会場の端に寄っていた。
素で踊れる気がしなかったから誰にも誘われない様にという防衛本能から来るものだった。
パーティーの列席者達は適当にペアを組んで弦楽団が奏でる音楽に合わせてステップを踏んでいる。
フィーナが会場の隅でバルトゥジアク卿と並んで立って会場を見ていると、ヘルムートが参加者を持て成すためか女性達とひっきり無しにダンスを続けているのが見えた。
一曲が終わっても女性達が絶え間なくダンスに誘ってくるためヘルムートは休む間もなくダンスを強いられている形になってしまっている。
それでも嫌な顔一つせずにこやかに女性達とダンスを続けるヘルムートはさすがと言う他無い。
そんな会場を眺めているフィーナに貴族の男達が近付いて来た。
「レティシア様、私と一曲お付き合い頂けますか?」
貴族の男達にダンスに誘われアワアワとしているフィーナにはダンスをこなせる自信が無かった。
「す、すみません。私ではちょっと……」
誘いを受けても醜態を晒すだけと判断したフィーナは誘いを固辞する事にしたのだが……
「私に合わせてもらえれば大丈夫ですよ。さぁ」
貴族の男はフィーナの手を取りやや強引にダンスに行こうとした。その時
「申し訳無い。うちの子はダンスが不得意なのだ。粗相をしてしまっては君にも迷惑が掛かってしまう。少し時間をくれないか?」
バルトゥジアク卿が貴族の男の手を止め、フィーナを連れ出す事を制止した。
そしてそのまま彼女を連れ人々がダンスをしている中へと入っていく。
「え? あの……」
突然の事に戸惑うフィーナに、バルトゥジアク卿は彼女を見る事も無く
「ダンスの方法を簡単に教えておく。再びサークレットの力で眠らされたくはあるまい?」
会場のダンススペースに到着すると、フィーナの手を取り向かい合うとバルドゥジアク卿はダンスのレクチャーを始めた。
「進む方向は私がリードする。お前は私に合わせて動いていれば良い」
バルトゥジアク卿はフィーナの背中に手を回すと曲に合わせてステップを刻み始めた。
完全初心者なフィーナは彼に付いて行くので一杯一杯で彼の足を踏まない様にアワアワするので必死だった。
周りを見ても全員がダンスを楽しんでいる様に見え、慌てている様なのは自分しか居ない現実にフィーナは恥ずかしくなってしまった。
「足元は気にしなくて良い。踏んでも気にするな」
顔を上げるとバルトゥジアク卿が呆れた顔で自分を見ていた事に気が付いた。
彼は確かに適切にリードしてくれており、フィーナは彼に合わせるだけで傍目からは普通に見える。
「ダンス、お上手なんですね」
フィーナが感心した様に話しかけると
「……ダンスなど妻が亡くなって以来だ。上手くもなんともない」
バルトゥジアク卿は独り言の様に自らの過去を話し始めた。帝国の未来の為に働く半生だった事。
治安の悪化について皇帝陛下に進言した事があったが取り合っては貰えなかった事。
そんな折、彼の妻が暴漢に襲われ殺されてしまった事。それ以来、自身の政策の障害となりそうな者は徹底的に排除し悪事にも加担してきた事。
そして、皇帝の排除にフィーナを利用しようとした事。
今後、自身は後任を据えたら罪を償うつもりである事を一曲終える間に全てをフィーナに語るのだった。
「……あの、どうして私にそれを……?」
フィーナが単純な疑問を口にする。
「……わからん。ただお前に聞いて欲しかったのかもしれん」
それだけ言うとバルトゥジアク卿は無言になってしまった。曲が終わるまでステップを踏むだけで終わろうとしてきた時
「おい、どう動いたらいいんだ?」
慌てふためいているガイの声が聞こえてきた。見ると彼はマリーにリードされており、大きな筋肉質の彼がとても小さくなっているかの様に見えた。
「もーすぐ曲終わるからじっとしてても良いんじゃない?」
今度はイレーネとザックのコンビが近付いて来た。そっちはザックがリードを試みているが焦るばかりでうまく言っていないご様子だ。
残るビリーは何をしているのだろうと会場の端を目で探してみると一人椅子に座りポツンと佇んでいるのが見えた。
その様は腹話術師の居ない人形そのもので無駄に哀愁がある。
「……いつまでも私の元に居る理由はお前には無いだろう? 時間だ」
曲が終わったと同事にバルトゥジアク卿はフィーナから離れそのまま元に居た場所に帰っていく。
そんな彼の後ろ姿をフィーナが追おうとしたその時
「レティシア様。私と一曲御一緒頂けませんか?」
後ろからヘルムートに声を掛けられた。
「え、あの……私は……あ!」
戸惑うフィーナの手をやや強引に奪うとそのまま会場の真ん中へと向かうのだった。
婚約者の眼の前で踊るのは……と、躊躇するフィーナだったがルイゼも申し込まれた男性と位置に付いていた。
考えてみたらただのダンスであって社交的な催しでしかない。そんなに堅苦しく考えなくて良いのではとフィーナが考えていると
「あっ……!」
ヘルムートはフィーナの腰に手を回し自らの方に引き寄せてきた。ダンスの作法など知らないフィーナが周りを確認してみると皆、大体同じ姿勢で曲が始まるのを待っている。それでも美男子との距離が近いというのはなんだかこそばゆい。
何か話でもして気を紛らわせようとフィーナがヘルムートの方を向いて口を開こうとするが、彼はフィーナをじっと見つめている。
(あ……)
視線に気付いたフィーナは気まずさのせいか顔を背けてしまった。
距離が近いせいか、なんとなく恥ずかしさがいつも以上に感じる。
前の異世界でもジークハルト王子に言い寄られた事がありかなりの接近を許した事はあったが、こんな気まずさを感じる事は無かった。
同じ美男子なのにここまで印象が変わるのはやはり相手の性格によるところが大きいのだろう。
「レティシア様、そんなに緊張なさらないで下さい」
曲が始まる前だと言うのにヘルムートから大分心配されてしまっていた様だ。
彼の婚約記念パーティーなのだから粗相は出来ないと気負ってしまっていたのを見抜かれていたらしい。
場馴れしていないフィーナはコクコクと頷くのが精一杯なくらいにはテンパりかけていた。
曲が始まるとヘルムートが優しくステップの進む方向、リズムなどを不慣れなフィーナに教えながらダンスをリードしてくれていた。
バルトゥジアク卿から教わったとは言え、まだまだ初心者でヘルムート相手というプレッシャーもありフィーナは彼に付いてステップを刻むのに必死だった。
一曲終わる頃にはよくミスを犯さずに踊り終えたと自分で自分を褒めてやりたいところのフィーナだったが、何事も無く無事に踊り終えた事に安堵しつつヘルムートに礼を言って離れようとしたところ
ーギュッー
フィーナの手を握る手の力は変わらないままヘルムートは
「私にもう少し夢の時間を続けさせてはくれませんか?」
フィーナを引き寄せると彼女の耳元で囁く様に優しい声で懇願してきた。
予想出来ない事態に弱いフィーナがアワアワしている間に彼女達のダンスは第二ラウンドへと突入するのだった。




