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異世界転生係で神畜の女神やってます  作者: 大鳳
第一章 アルフレッド編
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来訪者

 フィーナが冒険者ギルドの用事を済ませてから数日が経った。

「はぁ……」

 井戸の横の洗い場でフィーナは一人大きな溜め息をつく。

 今日も相変わらず彼女の目の前には大量の洗濯物が積み上がっていた。

 ジェシカ奥に関わる仕事をしなくて良いとは言え、こうも毎日続くと気が重くなってくる。

 最初から洗濯とはこういうものだと納得していれば良いのだが、天界では衣類など神力であっという間に綺麗に出来るし、フィーナには人間として生きていた頃の記憶もある。

 洗濯機を使わない洗濯など、この異世界に来て初めてである。

 洗濯板で手洗いを毎日というのも流石に慣れたとは言え…神力で綺麗にしたい、楽に終わらせたいという気持ちはどうしようもない。

 しかし、一度楽を覚えてしまえば必ず歯止めが効かなくなる。そして、イザというときに神力が枯渇していたら取り返しがつかない。


ーゴシゴシゴシゴシー


 フィーナは怠惰な欲望を抑えつつ作業を続ける。

「ニャー」

 近くの草むらから子猫の声が聞こえてきた。ふと見ると灰色の子猫が恐る恐るといった感じでこちらに近付いてくる。

 どこに行くのかと見ていると、フィーナの居る石造りの洗い場までやってきて隅に溜まった水をペロペロと舐め始めた。

 それを見たフィーナは咄嗟に子猫が舐めている水を浄化し、続け様に猫用の水皿を生成、洗い場の隅に設置した。

 その間一秒もない。フィーナはホッと胸を撫で下ろす。危うく石鹸混じりの水を子猫に飲ませるところだった。

 特に猫に詳しい訳ではないが子猫に石鹸水を飲ませて良い事は無いだろう。

(……っ!)

 まだ何者かからの視線を感じる。振り返るとそこには屋敷の陰からこちらを見るアルフレッドの姿があった。

「アルフレッド坊ちゃま……! いかがなさいましたか?」

 アルフレッドがこうして自室の外に出るのは珍しい。

 兄のアルヴィンが屋敷に居た頃は兄の後を付いて色々歩き回っていた様だが、兄が居なくなってからはもっぱら室内で読書ばかりだった。

 四〜五歳位の男の子ならもう少し五月蝿くてもおかしくは無い。

「フィーナさんがお仕事してるのみえたから……」

 どうやらただの興味本位であるらしい。大人しい性格とは言え、誰かにかまって欲しいのかもしれない。

「アルフレッド坊ちゃま、こちらへどうぞ」

 それならばと、フィーナは水を飲み終え日なたで毛づくろいをしている子猫の所へ来るようにと彼を手招きする。

「アルフレッド坊ちゃま、これを……」

 フィーナはアルフレッドに猫じゃらしを手渡す。この異世界では何と呼ばれているのかは分からないが、フィーナが人間として生きていた世界ではエノコログサと呼ばれている草である。

「その草で猫さんの興味を引いてみましょう。出来ますか?」

 フィーナが尋ねるとアルフレッドはコクコクと頷く。言われるがままアルフレッドは子猫の前にしゃがみ、恐る恐る猫じゃらしを差し出した。

 すると、毛づくろいしていた子猫は興味を示した様だ。ゆらゆらと揺れる猫じゃらしの先端を見つめている。そして今にも飛びつこうと姿勢を低くし始めている。

「それではアルフレッド坊ちゃま、その草が猫さんに捕まらない様に動かしてみましょう」

 アルフレッドが大きく猫じゃらしを上に持ち上げると、子猫はさっきまで猫じゃらしがあった場所まで飛び上がった。

「うわぁ!」

 アルフレッドは飛び上がった子猫に驚いて尻もちをつきかけたが、フィーナが彼の身体を支え事無きを得た。

「ほら、猫さんがまだ遊んで欲しそうにしていますよ?」

 フィーナに促されてアルフレッドが子猫の方を見ると、先程落としてしまった猫じゃらしの先端に前足で猫パンチを繰り返していた。

 アルフレッドは猫じゃらしを拾い上げると再び子猫の目の前でゆらゆらと動かし始めた。

「フィーナ先輩〜! なにしてるんですか?……ニャ」

 誰かに声を掛けられフィーナが慌てて振り向くと、夜勤に備えて寝ているはずのミレットが居た。

 他に誰か居るとは思ってなかったのでミレットの大きな声にフィーナは心底驚いた。

「子猫が迷い込んでいたみたいなので、アルフレッド坊ちゃまとちょっと遊んでました」

 しばし猫じゃらしで遊んでいた子猫だったが突然トコトコとアルフレッドのそばまで来たかと思うと、しゃがんでいる彼の周りを回り始め時折頭を押し付けたり頬を擦り付けたりと、気ままに動き始めた。

 そんな子猫の行動にアルフレッドが戸惑っていると、そんな様子を見ていたミレットがニヤニヤし始めた。

「あらら〜。アルフレッド坊ちゃま、懐かれちゃったみたいですね〜……ニャ」

 子猫はアルフレッドの周りをウロウロしたかと思えば、ちょっと離れた場所に歩いていきパタンと地面に寝転んでしまった。

 子猫はお腹を見せ撫でろと言わんばかりにフィーナ達を見ている。

 アルフレッドが子猫とフィーナを交互にキョロキョロしていると

「あの子はお腹を撫でてほしいんですよ」

 フィーナはアルフレッドに優しく声を掛けると、手本として子猫のお腹を撫でてみせた。

 お腹を撫でている手に子猫のモフモフ感が伝わってくる。子猫は引っ掻いてくる事無く、気持ち良さそうに手足をグーッと伸ばしている。

「アルフレッド坊ちゃまもどうですか?大人しい子なので大丈夫ですよ」

 フィーナの言葉に促され、アルフレッドも同じ様に子猫のお腹を撫で始めた。

 子猫は右に左にコロコロと気ままに体勢を変えていく。その様子が可愛いのかアルフレッドはすっかり夢中になっている。


ーコンコンー


 フィーナの耳に玄関のドアノッカーの音が聞こえてきた。エルフの耳のお陰か遠くの音がよく聞こえる。

 普段は他の日勤の使用人がすぐに応対するはずだが、ドアノッカーの音が何度か繰り返されても誰かが来る気配は無い。

「どなたかお客様の様です。応対してきますのでアルフレッド坊ちゃまをお願いします」

 ミレットにアルフレッドの事を任せてフィーナは玄関に急ぐ。

「……こんにちは〜」

 玄関に向かう間、客人の声が何度か聞こえてくるが応対に誰かが来る気配は無い。

「大変お待たせ致しました。本日はどの様な……」

 玄関に到着したフィーナがお辞儀と共に来訪者に挨拶する。

「あ……フィーナさん? こ、こんにちは」

 来訪者は何故か畏まった感じになってしまった。フィーナが顔を上げるとそこに居たのはクラウスとエルフィーネの二人だった。

「お二人共……どうして……?」

 二人の来訪は全く予想して居なかった。貴族の屋敷など冒険者にとっては縁遠い場所である。

「迷える若人を導いてきてあげたのよ。こいつ、いつまでもウジウジ悩んでるもんだから」

 エルフィーネはやれやれといった感じでクラウスを見つつ答える。と言う事は

「フィーナさん? 家庭教師の仕事って、まだ募集してますか?」

 どうやら、家庭教師の依頼を請けてくれる気になった様だ。もしかしたらエルフィーネが説得してくれたのかもしれない。

「はい、大丈夫です。クラウスさん、ありがとうございます」

 改めてクラウスにお礼を言うフィーナ。


ーガチャー


 その時ようやく応対の使用人が玄関にやってきた。あれ?みたいな顔をしている使用人にフィーナは経緯を説明する。

 そしてそのままクラウス達の対応を引き継ぐのだった。

「それでは私はこれで。クラウスさん、頑張ってくださいね」

 そう言うと、三人をその場に残しフィーナは屋敷裏手の洗濯場に戻る事にした。

 今日はまだまだ洗濯が進んでいないので遊んでいる時間は無い。

「すみません、ミレットさん。用事は済みましたのでもう大丈……」

 洗濯場に戻ったフィーナが目にしたのは地面に寝転んで寝息を立てているミレットとその傍らで子猫と遊んでいるアルフレッドだった。

 夜勤明けのせいだからか日差しが気持ちいいからか、ミレットは幸せそうに眠っておりすぐには起きそうにない。

「アルフレッド坊ちゃま。私はお洗濯を済ませてしまいますので、何かあれば声をお掛け下さい」

 フィーナは急いで洗濯物の処理に取り掛かる。不思議なもので集中すると作業も時間の進み方も早く感じる。

 全ての洗濯物を干し終えフィーナが軽い達成感に浸っていると

「あ、先輩。お疲れ様で〜す……ニャ」

 ミレットが目を覚ました様だ。一方のアルフレッドはいつの間にか眠ってしまっている。

 彼と遊んでいたはずの子猫はいつの間にか居なくなってしまっていた。

 洗濯物が乾くまでここで待っていられる程フィーナは暇では無い。

 屋敷の中に戻らなければならないがアルフレッドを置いていく訳にもいかず

「よいしょっと……」

 フィーナは彼を抱っこし彼の自室に連れて行く事にした。



 洗濯場からアルフレッドの自室までは結構な距離があった。

 彼を抱えているため両手も使えずミレットに手伝ってもらいながら進んでいた。

(…………)

 そういえばクラウス達は今頃どうしているのだろう?

 ジェシカ奥の希望通りの人材なのだから文句は出ないだろうとは思うのだが、行動が読めないのはエルフィーネである。

 彼女の口振りからするとクラウスの付き添いとの事だが……それだけの理由でここへ来たのだろうか?

 まぁ、自称とは言えエルフィーネも一流の冒険者ではあるので貴族相手に粗相をしたりはしないだろう。

 そんな事を考えながら廊下を歩いていたその時だった。

「アンタに勉学は早い! それより余分な肉を落とすのが先でしょうが!」

 ある一室からエルフィーネの怒鳴り超えが聞こえてきた。

 その部屋は応接室であり、フィーナには立ち入りが禁じられている部屋である。

 屋敷の壁が薄い訳ではないはずだが、彼女の声は壁など何の防音にもならない程辺り一帯に響き渡っている。

「そもそも一日につき銀貨一枚のはずが、成果報酬とか後出しにも程があるわよ! クラウス! あんたも何か言いなさいよ!」

 どうも、雇用契約の賃金についてのトラブルの様だ。労働基準法の様な法律があるかどうかも分からない世界なのだから、報酬について事前に合意しておくのは至極当然ではある。

 会話内容からすると相手はジェシカ奥なのだろうが…物怖じせずに意見する辺りエルフィーネが一緒で良かったのかもしれない。触らぬ神に祟りなしという事で逃げる様にその場から離れるフィーナ達。

「これだから品の無いエルフは! エルフなんて亜人はこれだから……」

 後ろからジェシカ奥の声も聞こえてきた。これは多分収拾が付かない様な気がするが……

(出来る事は……ありませんよね)

 フィーナ自身が話し合いに介入したところで何の解決にもなりそうにない。

 何か妙案がある訳でもなく…



 オーウェン家の屋敷からやや離れた森……

 その奥から屋敷を見る黒い影が一つあった。黒いフード付きのマントに身を包んだその者の正体は伺い知れない。

「懐かしい奴を追ってきてみれば……僕と良く似た波長を見つけられるなんてね。目覚めさせれば役に立ちそうだ」

 独り言を呟くその者の声はまだ若い男のもの。


ーブウゥゥゥンー


 男は目立った動作も無く魔法陣を出現させると何処かへと消えていった……。

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