過去
「うーん、ここは……?」
一人の女性が目を覚ますと、そこは何も無い真っ白な空間だった。見渡す限り何も無いただただ白い空間。
「そこの若いの〜、こっちじゃ、こっち〜」
そんな女性の耳に突然聞こえてくる老人の声。振り向くとやや離れた場所に六畳の畳と電気コタツ、そこで寛ぐ白装束の老人の姿があった。
長い白ひげを儲えたその老人は当たり前の様にコタツでのんびりしている。
「ほれ、ぼさっと突っ立ってないで。入れ、入れ」
老人に言われるがまま、コタツに入る女性。彼女は今の状況がさっぱり理解できていない。
「あの……、ここはどこなんでしょうか? 私は一体……?」
コタツに入りながらキョロキョロと当りを見回す女性に対し老人が
「お前さん、死んだんじゃ。信号無視のトラックにドーンとやられちゃってな。残念残念」
あっさりと説明してきた。その声に人を気遣う様子など全く無く、いつもの事といった具合だ。
(…………)
女性がふと思い返してみると、確かに仕事帰りに横断歩道を渡っていた記憶はある。
その時、危ないとか何か悲鳴の様な声も聞こえた様な気がするが……
「そうですか。私死んじゃったんですか……」
あっけらかんと死んでしまったと言われてしまっただけに、今の女性に死んだという現実感は無い。
しかし、見知らぬ空間に居るという確かな現実と、これが夢ではない実感は嫌でも受け入れるより他に無い。
「で、お前さんの今後なんじゃが。異世界転生の要請が来ておってな。異世界で必要な魂が足りなくなっておるらしい。それでな……」
と、老人は話を続ける。転生と言う事は天国行きや地獄に落ちると言った展開でも無いらしい。
転生など詳しくはないが転生先の世界は昨今よくある中世ヨーロッパ風の別世界であり、剣と魔法の発達した世界なのだそうだ。
老人は女性の転生先の概要を話し始めている。
「とある王国の第一王女。両親に愛され健やかに成長、容姿端麗、才色兼備、性格も穏やかで優しく、王国民からも大変慕われている……と、どうじゃ? 非の打ち所の無い人生じゃろ」
(そこまで人生決まっちゃってるのかぁ~……)
と思いながら女性はこれまでの人生を振り返る。
思えば、短いながらも仕事ばかりの人生だった。が、やり甲斐もあり悪くない人生でもあった。
しかしまぁ、今度は満たされた穏やかな人生を過ごすのも悪くは無い。
「そんな王女様じゃから魔王に見初められ、なんやかんやあって若い命を散らしてしまうんじゃがな。じゃあ早速転生の準備を……」
あっけらかんと老人は話を進めようとしているが、一番知っておきたい部分をなんやかんやで省かれても困る。
「いや、ちょっと待って下さいよ! 誰が喜ぶんですか、そんなサプライズ!」
女性から当然のクレームである。満たされた人生の途中でドンデン返されてはたまったものではない。とんだ罰ゲームである。
転生先の理不尽な結末を知らされた女性はふと思いつく。
「あ、もしかしてそんな王女様に転生して儚い運命を変えてくれ……とか? 破滅の未来を回避する人生って何かで聞いた事ありますし」
思いついた事をそのまま口にしてみる。しかし……
「あ~、そういうの駄目。王女が亡くなる事で勇者が覚醒して魔王を倒してめでたしめでたし……て流れじゃから。後世にも影響するしの」
老人は手を横に振り女性の意見を完全否定する。めでたしと言われても、その当事者になるのでは到底納得出来るものではない。
「私、そんな人生嫌です。せめて健康に長生きしたいです」
女性は率直な希望を口にするが……
「その世界にはその世界の筋書き……アカシックレコードというものがあってな。それに影響を与えてはならんのじゃ。ワシの余計な仕事が増えてしまうからのぅ」
と、いう事らしい。どうやら歴史の改変は無理な様だ。
「すみません。他には良いのないんですか? きちんと天寿を全う出来る様な……楽したいとかお金持ちになりたいとかの贅沢は言わないんで」
「そうは言われてもな。今回の中では一番の優良物件なんじゃが……」
老人はどこからか取り出した何枚かの書類を眺めながらボヤく。
「他にもあるじゃないですか! 見せてくださいよ、全部!」
ーバシッ!ー
「あ、こらっ!」
老人から書類を無理やり奪い取り、女性はそれらに眼を通し始めるのだった。
熟読しているのか、しばらくお互い無言のまま静かな時が流れた。
そんな中、書類を読み終えたらしい女性の手がプルプルと震え始める。そして……
「貴族令嬢、没落して失意のうちに病死! 弓使いエルフ、オークの群れに襲われ凌辱された上で戦死! 地方農民の娘、結婚一年目でゴブリンに襲われ死亡!」
女性が言うように天寿を真っ当出来そうな人生など一つもなかった。むしろ王女様が一番マシまである。
「ハズレばっかり! 私、前世でとんでもない業でも積みましたかね?」
「じゃから、さっきの王女様が一番じゃと……」
老人は励ます様にに言うが、女性はすっかり落ち込んでしまった。
不幸しか約束されてない転生先にうっすらと涙ぐんでいる様にも見える。
「転生が嫌なら……神様やってみんか?」
老人がボソリと言う。
「神様……? そんな簡単になれるわけ……」
「なぁに、ワシの後任じゃ。推薦さえあれば誰でも神様になれる。まぁそこまで上位にはなれんがの」
老人は長い顎髭を上下に擦りながら話し続ける。
「ワシも候補が見つかれば輪廻の輪に戻って下界に転生して良い事になっとる」
「後任て事は、あなたは……?」
老人の言葉に、狐につままれた気分の女性はまだ半信半疑だ。そんな彼女に老人は
「飽きた。もう同じ事の繰り返しは飽き飽きなんじゃ。それにこの容姿、前任者の口車にのせられてこのザマなんよ」
いきなり思い出し怒りしながら愚痴り始める。
「何が神様は威厳が大事~じゃ! 何が見た目が説得力を与えるから~じゃ!」
老人も誰かに愚痴りたい程度には原状に不満があるらしい。
一方の女性はと言うと
(うちの上司の愚痴もこんな感じだったな~……)
と、取り止めもない事を考えていた。目の前の神様の愚痴を聞き流しなら、女性はさらに少し考えてみる。
(…………)
さっきの転生先に比べたら神様の方がよほど良いのかもしれない。
自分にとって同じ事の繰り返しはさはど気にならないし、見た感じ衣食住にも困る様子は無さそうだ。
衣食住という概念が神様の世界にあるかどうかは別にして、コタツの上にミカンがあるところから、食という行為はあるのだろう。
ならば、神様の機嫌が変わる前に自分から立候補してしまうのも得策かもしれない。
「あの~、私、神様やってみようかなって思うんですけど……」
愚痴の真っ最中、老人のボルテージも上がってきた所だったが、女性の言葉に老人の愚痴はピタリと止まる。
「そうかそうか! やってくれるか! これでワシも心置きなく異世界転生出来るってもんじゃ!」
一転、神様はすっかり上機嫌である。
「まずはお主の見た目からじゃな」
ーパアアァァー
神様が手をかざすと女性は光に包まれ……光が収まるとそこには金髪の幼女がちょこんと座っていた。
背中には白い羽根が生え、服装もフリルの付いた白いドレスに変化している。
「あの……なんかコタツが大きくなった様な……」
「ほれ、鏡」
ーパアアァァー
老人が白い空間に向けて手をかざすと、幼女の右隣に全身を映せるくらいの大鏡が現れた。
「え?えええええ〜! なんですかコレ!」
「ワシの趣味じゃ」
素っ頓狂な声を上げている幼女に対し、何食わぬ顔で老人は答える。
「おまわりさん、こいつです」
老人を指差す幼女のその表情はすっかり呆れ顔だ。これからの人生が掛かっているのに超個人的な趣味に走られても困る。
「もうちょっと年齢上げて貰って良いですか? 今更こんな身なりじゃ何かと不便そうで……」
「仕方ないのう。ほれ」
ーパアアァァー
再び光に包まれる幼女。その姿はどんどん大きくなっていく、そして十数才年齢が増えた所で止まった。服装は相変わらずだが……
「次は名前じゃの。女神っぽい名前……フィーナでどうじゃ?」
この老人、自分の趣味に走っているのかすっかりノリノリである。
「あの、そういうのなんか気恥ずかしくて……他の名前とかじゃ駄目ですか? マリア様とかそういうメジャーどころな……」
顔を真っ赤にしながら少女は手を上げておずおずと意見する。しかし……
「それはもう商標登録されとる。他の名前だとゴンザレス田中になるがよろしいか?」
「フィーナで」
即決やむなしである。
「それでは引き継ぎを始めるとするか」
老人は立ち上がると何も無い空間を指し示す。そこに行けという事らしい。
フィーナがそちらに移動したところで老人も付いてきた。
「なぁに、すぐに終わる。ワシの神様としての知識をお主に移すだけじゃ。例えるならOSを新しいのに入れ替えるみたいな感じかのう」
老人の話を要約すると、女性の人間の頃の意識の上に天界の常識を上書きするという事らしい。
人間としての経験は残るがそれは知識として残されるのみ。
例えていうなら、先の人生は個人フォルダの中に保管され、女性自身は新たな天界の女神として生まれ変わると言う訳だ。
生まれ変わると言っても生前の記憶は残り、それらが性格も形作るので生前の女性の存在が無くなる訳でも無い……と言ったところであるらしい。
「ま、やってみた方が早いじゃろ」
ーパアアァァー
老人が床に手をかざさすと二人の足元に緑色の法陣が現れた。法陣は光を放ち二人を包んでいく。
「あ……!」
フィーナに天界の知識が流れ込んでくる。天界の規模、自身の所属する事になる組織の詳細。
今いる空間や法陣の活用法に至るまで。これから天界で暮らしていく事に何も支障はなさそうだ。
人間の頃の記憶は確かにあるものの、どこか現実味が無い。しっかり覚えている夢といった感じだ。
「さてと、こんな感じじゃ」
眼の前に居る老人、さっきまでは分からなかったのに今ではその素性がはっきり分かる。もちろん彼の名前も……
「あなたの名前……ラスプーチ……」
「待て待て待て! 言うな! 言うな!」
老人は慌ててフィーナの口を抑える。
「前任者の悪ふざけのせいで変な名前をつけられたんじや。だがそれもようやく終わる」
フィーナの口から手を放すと、老人は見た事も無いような爽やかな笑顔を作り
「さぁ、ワシを転生させてくれ! お前さんならもう出来るはずじゃ!」
いきなり無茶振り……でもない。フィーナにはこの後の手順が、すんなりと頭に浮かんでくる。何百何千と繰り返してきた日常動作の様に。
「わかりました。それでは転生先の説明から始めましょう」
こうしてフィーナの女神としての天界での生活が始まったのだった。
誤字脱字、推敲箇所ありましたら
御指摘よろしくお願いします。