揺り戻し
貴族の男に連れられてやってきたのは冒険者ギルドの真ん前だった。
大通りに路駐とは流石お貴族様である。常識が無い。
馬が八頭繋がれている馬車で、後ろが貴族用の一般的な箱型の車両。
それに連結される形で様々な荷物が積まれているであろう幌付きの貨物車両が配置されている。
「君達も特別に馬車に乗せてやろう。貨物車両だがね」
案の定である。まぁ、徒歩で随伴しろと言われないだけまだ有情ではあるのだろうが……。
貨物用の馬車の乗り心地が劣悪なのはフィーナも前の異世界で経験済みである。
貨物車両は幌が張られた簡素な造りの馬車になので乗り心地は推して知るべしである。ザック達が馬車に乗り込んでいると
「あれ? お前達、どこに行くんだ?」
冒険者ギルドに帰ってきたガイがマリーを伴ってやってきた。
「お貴族様に仕事を頼まれてな。お前達も行くか? 帝都までの護衛仕事だ」
ザックの返事にガイとマリーは頷くとザックと共に貴族用馬車に向かい、人数が増えた事を伝えに行った様だ。
程なくして三人が貨物用車両に飛び乗ってきた。
「今回の仕事は五人でやるぞ。ビリーの奴探してみたが近くには居ねぇ」
ザックが狭い車内でメンバーに語る。貨物用の車内は主に食料が積み上げられており、帝都までは十分に保つ程の量が入れられてあった。
こんなものを盗賊にでも見つかったら格好の餌食となる。なるほど、護衛が必要な訳である。
「敵に襲われた際にはとりあえず逃げに徹するらしい。どうしても逃げられない時が俺達の出番ってワケだ」
ーガラガラガラガラー
動き始めた馬車の中でザックが今後の作戦について語る。馬車旅は恐らく休憩も挟みながら進むのだろう。
フィーナは適度に馬達にキュアを適度にかけてていこうと心に決めておくのだった。
馬車の旅が始まって何事も無く二日が過ぎていった。
馬車内の暑さはイレーネの冷気の魔法とフィーナの風の精霊魔法により温度だけなら比較的快適に過ごす事が出来ていた。
しかし、いかんせん狭さと乗り心地に関して打つ手は何もなく、先を急ぐせいか夜間もギリギリまで馬を走らせる為、しっかり休息も取れていない有り様だった。
しかし、このまま帝都に到着出来て報酬が貰えるならこんなにボロい仕事は無い。
ザック達メンバーはそんな事を考えていたがフィーナは少し気になる事があった。
ここ最近のザック達の仕事についてである。仕事始めに毎回ビリーが欠けている。
ビリーが欠けた仕事でパーティーが全滅したパターンがある以上、仕事内容が違えど全滅の未来が現実になってしまうかもしれない。
もしかしたら歴史を元に戻そうとする何かの力による揺り戻しが起きているのだろうか?
天界の者であってもそういった運命やら因果といったモノには有効な対策がある訳ではない。
運命や因果が諦めるまで歴史を修正し続ける以外には無いのだ。
となると、今回の馬車旅も何事も無く終わるはずも無く……三日目の夜には盗賊達の待ち伏せに遭い馬車は立ち往生する事態に陥ってしまった。
盗賊達の数は多く四十人は居るのではないかと思われる程だった。馬車から降り立ったザックとガイの二人は貴族車両の直掩のために馬車の前方の方に行ってしまった。
「こらぁー! か弱い女の子だけ置いてくかぁー?」
イレーネが前方に走っていくザック達に悪態をついた。
弓矢で盗賊の数を減らしていたフィーナだったが止む無く馬車から飛び降りると弓矢の代わりにエストックを手に盗賊達の相手をする事にした。
また、サラマンダーを呼び出す事でなんとか前衛二人分の仕事をこなしていた。
イレーネの魔法による援護もあり後部の盗賊達は徐々に数を減らしていった。
「くそっ! 護衛がこんなにやるなんて聞いてねぇぞ!」
「始末できねぇなら足止めだけでも構わねぇ! 馬車を壊せ!」
盗賊達は護衛のザック達を相手にするのは止め馬車そのものを壊す方向にシフトし始めた。
しかし、盗賊達の持っている武器は短剣がほとんどであり、馬車を攻撃すると言っても投石や角材で殴ったりが精々だった。
しかし、人数の差はどうにもならず馬車の前部でザック達が馬を守っている間に、貴族の車両も投石を受け窓ガラスが破壊された辺りで
「はひぃーっ! に、逃げるぞ!」
と、馬車を飛び出し後ろの貨物車両へとやってきた。貴族一行は小太りの男性一人と令嬢らしき少女が一人、メイドが一人という構成だった。
彼らの姿が見えた時はフィーナもかなり慌てたが、なんとか貨物車両に乗り込んでもらう事が出来た。
フィーナ達が盗賊相手に戦っていると突然馬車が動き始めた。
ーガラガラガラガラー
前方の包囲を破る事が出来たからかもしれないが、あまりの急発進にフィーナもイレーネもマリーも反応が遅れてしまった。
特にフィーナは地上で盗賊達と斬り合いをしていたため、馬車が走り去るのをチラ見で確認するのがやっとだった。
「フィーナさん! 早く乗って!」
イレーネのそんな叫びが聞こえた時には馬車はすでに大きく離れていた。
もはや飛び乗るどころか追いつくのも不可能な距離だった。
「あ……!」
フィーナが走り去る馬車に気を取られたほんの一瞬だった。
ーガッ!ー
「うぐっ!」
馬車が居なくなった事で周囲を囲まれてしまったフィーナは、背後からの一撃を後頭部に受けてしまった。
意識を失ったフィーナはそのまま地面に倒れてしまい、そこで彼女の記憶は途切れてしまうのだった。
「う……」
意識を取り戻したフィーナが見たのは石造りの牢屋の様な場所だった。
床の上に座らされた状態で両手足には金属製の枷が付けられている。
腕は枷ごと天井から吊り下げられる格好にさせられていた。
少し動かそうとはしてみたものの枷はビクともせず手足の自由は取り戻せそうに無かった。
「う……く……」
ーガチャガチャー
フィーナがそれでも枷が外せないか動かしていると
「お前達に任せたのに取り逃がすとは何事か! あの娘が帝都に着いてしまえば皇子様との結婚が確定してしまうのだぞ!」
「まぁまぁ、旦那ぁ。代わりに上玉を捕まえましたから見てみてくだせぇや」
「そんな者でどうしろと言うのだ!」
「皇帝陛下への賄賂くらいにはなるんじゃないッスか?」
牢屋の外から男達が近付いてくる足音と共に妙な会話が聞こえてきた。




