希望の象徴
グレースに連れられたフィーナがやってきたのは南門の外、少し離れた場所のあちこちに木の柵を設置している兵士達の姿が散見出来る。
「ここが我々の絶対防衛線となります。三個の方陣を南門を守る様に南東西それぞれの方向に向けて長槍を立てて防御と敵の漸減に務めさせます」
グレースの話によると、会議で国王陛下が話していた通り、南門付近の開けた場所で防御線を築く。
そしてそのまま遅滞戦闘に徹する戦闘をするつもりの様だ。グレースは辺りを見回すフィーナに説明を続ける。
「残りの千名は中央に配置、味方の戦線に亀裂が発生した際の援護と戦線の補強、負傷した味方の回収に当たらせます」
グレースはこれから行われるであろう作戦の内容を淡々と語る。国王の意向の元、急遽立てられた計画なのだろう。
「南門付近には貴族の方々が配置されます。彼らには兵士達の頭上を越えられる魔法で曲射して頂き、敵への牽制と漸減を担って頂きます」
グレースは平原の要所を指し示し自軍の配置をフィーナに丁寧に説明していく。
事細かに説明して貰えるのはありがたいが、その事を自分が知ってどうするのだろうとフィーナは思う。
軍隊の仕事など門外漢な上、フィーナの役目は負傷者の治療のはずだ。
「あの……、グレースさん? 私は怪我人の治療が役目ですよね?」
自分が対応するのは他に手が無くなった危機的状況の時と考えていたフィーナは恐る恐るグレースに尋ねる。
「フィーナ様はホーリーウォールは使う事は可能ですか?」
てっきり光の矢が一日に何本撃てますか?みたいな攻撃に関する質問かと思っていたので、防御一辺倒な魔法に関する質問を受けるとは考えていなかった。
「ホーリーウォールですか?一応、使えますけど……」
光の壁の魔法はそれほど位の高くない聖職者でも行使出来る程度には難易度の高くない聖属性魔法である。
もっとも、持続時間や強度は術者の信仰心に左右されるのだが……。
フィーナにその気さえあれば王都全体を光の壁でスッポリ包んで一日二日立て籠もる位なら十分可能である。
しかし、それをやっても光の壁の内側から攻撃が出来ない以上敵集団はそのまま無傷で残る形となり、その上でフィーナの神力も殆ど空っぽになってしまう。
籠城は野戦軍の支援があってこそだから実行してもあまり意味が無いジリ貧確定の選択肢なのだ。
流石に西方方面軍でも十万の魔物は手に余るだろう。
「こちらの戦列に綻びが生じた時、前線に赴いてホーリーウォールを展開して時間を稼いで頂きたい。貴女の護衛は私が行います。ですから……」
グレースは深々と頭を下げてきた。正面戦力三千で数万の魔物相手に順調にこちらの思惑通りに事が運ぶとはグレースは考えていない様だ。
「わ、わかりました。私に出来る事なら……」
グレースの気持ちに応える為にフィーナは彼女の申し出を了承した。
確かに光の壁を使うのなら目測で展開するより、実際に現場で発動させた方が良い。
間違って最前線の味方の後ろに光の壁を展開してしまい味方を締め出してしまう危険性も減らす事が出来る。
多少の魔物相手ならフィーナでも単独で白兵戦対応は出来ると自負してはいるが、せっかく守ってくれると言うのだから断る理由も無い。
グレースに連れられて南門の周辺を見ていると徐々に兵士達が集まり出してきた。
王都の東西門から外周を回ってきているらしく隊列を組んだ兵士達がゾロゾロとやってきている。
「よいな、皆の者! 我等の責任は重大であり、卿等の協力があって初めて……」
また、南門の扉越しにファーターであるケーニヒスベルク卿が他の貴族達に自分達の役割を説明している声も聞こえてきた。
日が暮れる前には使命を帯びた人間達は決められた場所に集まってきており、魔物の大群を迎え討つ準備が整い始めた。
本陣とされた南門付近は司令部や国王や司令部、貴族達が陣取る事となりここから各戦線への命令を発する事となる。
本陣の正面には千名の歩兵が立つ、当面は予備隊となり各戦場のフォローが仕事となる。
そして、本陣を中心に南門を背にして三千名の歩兵が一個千名の三個方陣を形成しそれぞれ西東南方面から来る敵を抑え少しでも時間を稼ぐのが当面の目標となる。
まだ敵の姿は見えず、接敵まである程度の時間の余裕が見込める事から各指揮官の判断により大休止が取られる事となった。
鎧を付けたままとは言え、食事をする者や少しでもいいからと仮眠を取る者、仲間同士で士気を鼓舞する者達など思い思いの時間が流れていった。そんな時
(……歓声?)
フィーナの耳に南門の向こう、王都の中央の方から大勢の人々の感嘆にも似た大きなどよめきが聞こえてきた。
続いて拍手や王女プリシアの名を呼ぶ声も聞こえてきた。どうやら王城での催しが始まる様だ。
街の人間は殆どが王城に見物に行っただろうからアルフレッドやリーシャもいっただろうか……?
特に明日までの過ごし方で強制する事など無いから、好きな様に過ごしてもらえれば何も問題は無い。
フィーナがアルフレッドやリーシャ、この世界で関わった全ての人達の無事を願っていると王女プリシアの歌声が聞こえてきた。
(…………)
透明感のある透き通る歌声が魔導具で増幅でもされているのか王都全域に聞こえる位の音量で流されていた。
歌の内容はどうやら身分の違う想い人に焦がれる切ない想いを歌詞にしたラブソングの様だ。
(結ばれる事の無い相手を想う歌ですか……)
歌詞の内容を聞きながらフィーナはふとアルフレッドの事を考えていた。
相手に自分を見て欲しいと切々と訴える様な王女が歌っている曲は、この世界では聞く機会は普段全く無い。
歌を聞く機会があるとすれば精々吟遊詩人の昔話の語り引きが酒場での娯楽として提供されている位だ。
きちんと伴奏まであり、まるでコンサートか何かの様なこういった催しはこの世界では珍しいはずだ。
王女が歌い終えると扉の向こうから割れんばかりの大歓声が聞こえてきた。それは何も街の人々限定の話では無く南門の外で休息をとっていた兵士達もテンションが爆上がりとなっていた。
さっきの歌には何が魔法でも掛けられていたのではないかと思ってしまうほど。
娘の歌を黙って聞いていた国王陛下もただ黙って頷いていた。
小休止を挟んで再び何かのメロディーが聞こえてきたその時
「遥か先の街道の向こうに敵影!」
一人の兵士の叫び声が聞こえてきた。




