円卓
王城の円卓で行われている会議は全く落ち着く気配が無かった。
王都から出た南の平原で王都守備軍約五千での決戦を主張する軍人の男性、やや太めで毛先の丸まった髭を生やしたツルツル頭の将軍。
そんな彼に対し、王都を利用した防御戦術による持久戦を主張する参謀。
そして、防御戦による民衆への影響を説いていたのが冒険者ギルドの責任者だった。
ギルド長の素性については彼らの話の内容から後で分かった事だったが、身なりが整っていたので軍人と勘違いしていた。
「野外でなければ兵の動きが制限されてしまうではないか! 重装歩兵と騎兵の力を発揮するには野外決戦を行う以外に無い!」
ードン!ー
自分の意見が通らない事に苛立ちを隠せない将軍は円卓に握り拳を叩きつけた。
その音にフィーナは思わずビクッと反応する。ふと周りを見てみるものの今の音にビックリしたのは自分だけの様で年端も行かないプリシア王女ですら平然としている。
(…………)
場馴れしていないから仕方が無いとは言え、恥ずかしさのあまりフィーナは縮こまってしまいすっかり意気消沈している。
特徴的な長い耳も垂れ下がってしまった。誰の目から見ても彼女が気落ちしているのが一目瞭然である。
さて、本題である会議の内容だが、将軍は決戦志向を曲げるつもりは無いらしく、全兵力を投入しての野外決戦で決着を付けたい考えの様だ。対して参謀は
「戦力差をお考え下さい! 地を圧する集団と言う事は少なく見積もっても敵は数万、我が方の二倍以上です!」
用意された書類を見ながら意見具申している。そして彼はこう続ける。
「戦術でどうこう出来る差ではありません! 知能の低い魔物相手なら街の門を封鎖した上での持久戦に持ち込むのが最善かと、これは参謀本部の総意であります!」
戦闘の方針が現場と制服組で真っ二つに別れてしまっている様で、それが纏まらない限りは他の教皇や司祭、攻撃魔法に秀でた貴族達を取り纏めているファーターもどうすべきか意見を述べる事が出来ない。
フィーナは専門外の事にに口を出すつもりは無いというか出来ない。
彼らの話を聞いているだけの彼女だが、せめて同一の組織内では意見のすり合わせをきちんと終わらせてから他組織との会議に臨んで欲しいものだとはこっそりと思う。
一見理があるかの様に見える参謀本部提案の持久戦論だが、魔物達の習性に明るい冒険者達を多数抱える冒険者ギルド長には思うところもある様だ。
「魔物の中には城壁などものともせずに登ってくる物がおります。また、オーガなどの多少の知性を持つものは城門そのものを壊そうとするでしょう。一度城門が壊されれば魔物の流入を防ぐ術はありません」
ギルド長の意向としては街に籠城しての持久戦は気が進まず魔物を物理的に街に近付けさせたくは無いらしい。
かと言って妙案がある訳でもなく、魔物を街に近付ける危険性を説く程度の主張に留まっている。
堂々巡りな三者の主張に国王は黙って何かを考えている様だ。
(…………)
黙って会議を聞いているフィーナも自分に何が出来そうかを考えてみる事にした。
魔物数万相手に仮に光の矢を用いて攻撃したと仮定すると……全ての敵が大型の魔物ではなければではあるが殲滅は可能だと思う。
しかし、具体的な数が不正確である以上、敵の総数を過小評価すべきでは無い。
もし十万から数十万なんて数であったら光の矢よりも広範囲を一度に攻撃出来る方法を模索すべきである。
とりあえずは様子見に徹し自分は力を温存しておいて不測の事態に備えつつ、天界のレアに支援を請うのが一番現実的ではないかと思う。
このままこの世界を放置しておくのは天界にとってもよろしくない事態のはずだから何らかの対応はなされるはず。
さすがに見捨てられる事は無いとは思いたいが……。
(…………)
しかし、魔物が王都に攻めてくるというのは今から八年後以降…王都が崩壊してからの出来事だったはずだ。
しかも自分が見たのは飛行型の魔物に襲われる光景であり、地を埋め尽くす程の魔物が地上から攻めてくる歴史などフィーナは知らないのである。
「君達の意見は解った。それでは決定を伝える」
考え事をしていた国王が口を開く。その声に席に着いていた全員が声の主である国王の方を向いた。
考え事をしていたフィーナも我に返り慌てて彼の方を注視する。
「王都守備軍は四千を南門外の平原に防御陣地を可能な限り構築の上で待機」
国王は野戦に討って出る事も籠城戦もせずに防御に撤する構えを決めた様だ。
「西方方面軍からの援軍到着まで遅滞戦闘に努めよ。残りの千は北東西門にて警備に就かせておけ」
国王による決定は下された。軍隊を用いた迎撃戦ではあるが将軍が主張していた様な積極攻勢ではなく、援軍が来るまでの時間稼ぎといった感じだろう。
軍を展開させたい将軍と防御に徹したい参謀本部の両方の顔を立てた折衷案とも取れるが……
「ケーニヒスベルク卿、貴族達の魔法は味方の頭上を越えさせる事は出来るかな?」
国王はファーターの方を見ると、魔法についての質問を始めた。どうやら彼の家名はケーニヒスベルクというらしい。
八年後の地下で見た時は黒いローブを身に纏った、どこぞの悪の化身の議長の様な風貌だった。
しかし、今の彼は貴族然とした身だしなみで貴族としての誇りに満ちている様にも見える。
「はい、国王陛下。火の玉を用いる魔法であれば容易いかと」
質問に答えるファーターに八年後の面影は全く無い。暗黒面に落ちる前の彼はこんなにも違っていたものなのかとフィーナは改めて思う。
「グレゴリオス殿、聖職者達による兵士達の救護措置。お願い出来ますかな?」
次に国王が顔を向けたのは教皇を始めとした聖職者達だった。
多数発生するであろう怪我人への対応を任せようというのだろう。国王の問いに教皇達は無言で頷いた。
「ギルド長、冒険者達はどのくらい信用できるものなのかな?」
今度は冒険者ギルドのギルド長に対して質問が飛んだ。
冒険者の手も借りたいくらい切羽詰まっているという事なのだろう。
「冒険者達は報酬さえ払えば働きますが命の危険を犯してまで働くとは言えません。もし、戦場の一角を担わせるおつもりなら考え直された方がよろしいかと……」
ギルド長の答えは冒険者達の習性を端的に表しているものだった。
冒険者達は報酬で動く……全ては金次第なのだ。しかし、規律で縛られていない以上、不利を悟れば容易に逃げ出してしまう。言ってみれば傭兵と大差無い存在なのだ。
「では、遊撃隊として独立させて魔物を狩らせるのはどうか? 成果報酬ならギルドの財政的にも問題は無いだろう」
冒険者達を作戦に組み込む事を諦めた国王は別の使い道を提案した。魔物の数を少しでも減らせるのならそれはそれで王国にとってプラスである。
「それならば……、早速冒険者達に呼び掛けてみましょう」
ギルド長も国王の提案を受け入れる様だ。さすがに一国の長だけあって人の使い方には長けているらしい。
「マックスウェル卿。貴族の子弟達の避難と護衛についてはどうなっている?」
今度はグレースに話が振られてきた。
「はい。護衛は私の部下達が既に始めております。第一陣はすでに西方へと出発しています」
グレースは慣れているのか普通に必要な答えを的確に国王に返している。
(……こ、これは……マズいかも……)
グレースが答えている間、フィーナは内心焦り始めていた。この流れでは次に順番が回ってくるのは自分である。
学校で先生に差されないかとヒヤヒヤしている学生の気分だ。しかも、質問内容の予想が立てられない分授業中とかより状況は悪い。
「聖女フィーナ嬢、君は何が出来るのかな?」
冷や汗ダラダラで座っていたフィーナにとうとう質問の順番が回ってきてしまった。
「は、ひゃい! え〜……」
噛んでしまった。何が出来るかと聞かれても何でも出来ますと答える訳にもいかず……フィーナは答えに窮している。
「か……、治癒魔法をそれなりに……」
ようやく口から絞り出せたのはいつもやっている治癒魔法の事であった。
「君の事はマックスウェル卿からも聞いている。もし君が出来るのなら前線で兵達の治療を受け持ってもらえないかな?」
自分はどういう扱いになるのだろうと考えていたフィーナだが、戦場での治療係になるとは考えていなかった。
あまり目立たない仕事であるならフィーナにとっても大歓迎である。
「……わ、分かりました!」
前線ならば戦況の推移もわかりやすいはずだし、自分の神力での介入しどころの見極めもやりやすくなるはずである。
こうして王城での会議はお開きとなるのだった。




