奥手
魔王との会食中に突然現れたシトリーだったが、部屋に置かれた長テーブルを見るなり
「こら、ムッツリ! そうやって女の子避けてたらいつまで経っても妃なんか出来ないわよ!」
そう言うや否や、シトリーは神力的な何かを使って長テーブルのかなりの部分を詰めて魔王とフィーナの距離を縮めてしまった。
「ぬおっ!」
「うわっ!」
前触れなく眼前にお互いが現れたので思わず驚きの声を上げる二人。
経緯はどうあれ話しやすい距離になったのはありがたい事かもしれない。
魔族領の事を色々と尋ねてみるのも良いかもしれない。
「魔王さん? あの……お尋ねしてもよろしいですか?」
フィーナが何の気無しに魔王の事を聞こうとするが、魔王はあからさまにフィーナから顔を背けている。
なんというか思春期の男子中学生かと思えるくらいの初々しさだ。
「あの〜……」
魔王の事を聞こうかと思っていたフィーナだったが、こんな状態ではまともな返事は望めないかもしれない。
「あの、遥か昔に魔族領に勇者達が攻めてきた事があるそうですが、その頃の話をお聞きしてもよろしいですか?」
少し考えた結果、フィーナは当たり障りのない会話から始めてみる事にした。
「勇者の……? 先々代の魔王……私の祖父の頃の話だな。あの頃は私もまだ幼かった……」
魔王の話によると勇者ソーマが魔族領に攻め込んだのは今から約千年前、現魔王の祖父が魔王を努めていた頃なのだそう。
魔王の祖父はかなりやんちゃで魔族領を広げようと人間の世界に戦争を仕掛けたという事らしい。
そして天界が転生させた勇者ソーマとその一行によって、当時の魔王は討ち倒され人間達と和平を結び現在に至るという話らしい。
それ以来、人間の世界に攻め込むのは割に合わないという認識が魔族領では広がり、魔族領内で自己完結出来る様な慎ましい生活を送っているのだそうだ。
(…………)
漠然と魔族は敵性種族と考えていたフィーナにとっては拍子抜けな話だった。何より魔王の職が世襲制とは想像もしていなかった。
魔王というのは長命な存在で一代限りの長というイメージを勝手に持っていたからだ。
なんだか妙に世俗的でフィーナの中の一般的な魔王のイメージからはかけ離れていた。
だからと言って、必要以上に気を許すのはまだ危険とは思うが。
「私からみれば勇者達は恐怖の対象だったな。特に勇者ソーマは我々に対し容赦が無かった……」
魔王は千年前の出来事をしみじみと思い返している様だった。
運ばれてきた赤い飲み物に口を付けながら語る彼の心情を知る事は難しいと思う。
「そんなソーマが魔族領にやってきたのはつい最近の話だ。肉体は変えた様だが性格までは変わっていなかった様だな」
いつ頃の話か聞いてみたところ、オーウェン家を追い出されたフィーナが王都に到着した頃らしい。
それは王都の南の森でソーマと遭遇した時期とも合致する。
「奴は魔族領の魔物を倒してやる代わりに自分の行動を黙認しろと言ってきた」
魔王はソーマとのやり取りを苦々しく思っている様で、彼に対する嫌悪感が漏れ出している。
「悪いようにはしない、この腐った世界をくれてやる……とも、言っていた」
魔王の話を聞いてもソーマの真意はフィーナにはよく分からないでいた。
よく分からない思考をしている彼がどうしてアルフレッドに乗り移ったのかも……そして、どういう方法で乗り移ったのか……。
魔王の話を聞いたフィーナが思案していると
「こらムッツリ! そういう話じゃないでしょ! その娘、初恋の女性に似てんじゃないの? ガーっとやっちゃいなさいよ!」
二人の会話を黙って見ていたシトリーだったが、話の方向性が彼女の期待するものでは無かったらしく口を挟んできた。
「シトリー様! その話は今は関係無いでしょう! お戯れはお止め下さい!」
顔を真っ青にして反論する魔王。食事中、ずっと顔を青くしていたからてっきり魔王は具合が悪いのかと思っていたが、単に血の色が違かっただけでフィーナは勘違いしていた様だ。
「お恥ずかしいところをお見せしてしまいました。申し訳ない」
フィーナに頭を下げる魔王はなんだかとても普通に見えた。言動や態度から見るだけなら普通に育ちの良い好青年だった。
「あの、私って誰かに似ているんですか?」
シトリーの話に乗っかる訳では無いのだが、フィーナはシトリーが言う自分と似ている人の事が気になったのだ。
「はぁ……私がまだ幼い頃、先程の勇者達の話に関係するのですが……」
魔王は昔を思い出しながら話し始めた。千年前、勇者達が先々代の魔王の城に攻め入った時、彼もその城に滞在していたというのだ。
勇者ソーマが目前に迫り彼の剣が振り下ろされようとしたその時、彼と同行していたエルフのスカウトが勇者ソーマをどついて自分を助けてくれたと言うのだ。
(…………)
千年前の勇者パーティーのスカウトのエルフといったらフィーナもよく知るアレしかいない。
彼女の意外な一面にフィーナが驚いていると
「……もし人間の世界で彼女に会う事が会ったらお伝え願いたい。魔王サタナエルが感謝していた……と」
恥ずかしそうに言付けを頼もうとする魔王サタナエルにフィーナは
「エルフィーネさんですよね? もしよろしければ後で連れてきますけど」
さもそれが当然という態度で答えた。いやいやと両手を使って遠慮するサタナエルだが
「すみません、私も用事がありますのですぐにという訳にはいかないんですけど……」
フィーナの中ではエルフィーネを連れてくるのは決定事項となっていた。
しかし、その前にすべき事が残っている。
「シトリーさん? 勇者ソーマは今、どうしていますか?」
南の森での式典に向かう途中でソーマに遭遇した際、最終的に彼を連れて行ったのはシトリーなのだ。
彼の所在は彼女が一番良く知っているはずである。
「あー、アレなら転生させたわよ。今頃あいつ【転生したらゾウリムシだった件】みたいな生活してるはずだけど」
シトリーの話によると魔界に連れて行ってもソーマに更生の兆しは見られず、めんどくさくなって人格と記憶を保持させたままゾウリムシとして転生し続ける様にしてこの世界に戻したと言うのだ。
ゾウリムシの身体なら無限に魔力が補充されようともその身体が保持できる魔力総量には限界がある。
だから今のソーマが脅威にはなるなどありえないらしい。
「……でも、確かにソーマの様な人格がアルに乗り移っているみたいなんです。調べては頂けませんか?」
もし、ソーマが今もゾウリムシ生活を送っているのならアルフレッドの性格の豹変は別の原因となる。
それはそれで物事が振り出しに戻ってしまうが仕方ない。今は可能性の芽を一つずつ潰していくしか方法は無い。
「わかったわ。一回魔界に帰って調べてみる。サタナエル、あなたフィーナちゃんを守っときなさいよ?彼女、私にとっての希望なんだから」
ーブウウウウンー
そう言うとシトリーは魔界へと転移していってしまった。
「フィーナさん、シトリー様とはお知り合いなのですか?」
サタナエルが興味深そうにフィーナに尋ねてきた。
(う〜ん……)
魔族であるサタナエルになら自分が女神である事を明かしても何も問題は無さそうに思えるが……
「はい、私の仕事のすごい先輩みたいな感じの人でして……」
やっぱり誤魔化す事にした。どこからこの世界に影響を及ぼすか見当もつかないからだ。
その後もフィーナはサタナエルと食事をしながらの情報交換を続けていくのだった。




