幽閉
魔族に抱えられたフィーナがやってきたのは古ぼけた城塞だった。
レンガ造りの壁はところどころ崩れ落ちており、手入れが行き届いている様にはとても思えなかった。しかし
「なぁ、あそこの外壁って直さなくて良いのか?」
「魔王様がそのままでいいってよ。あんまり綺麗だといい子ぶってる様に見られるからイヤなんだとさ」
「多少は壊れた感じにしとかないとワルっぽく見えないもんなぁ」
「違いねぇや。アッハッハッ!」
フィーナを抱えながら魔族達は日常会話を楽しんでいた。
会話が丸聞こえな事とその内容に彼女は少し戸惑っていた。
(……不良ぶってる高校生の会話かな?)
囚われの身となったフィーナが油断する訳にはいかないのだが、なんとなく話せば分かる人達なのではないかと思い始めていた。
「で、このエルフはどうすんだ?」
「決まってんだろ、魔王様の妃にすんだよ。」
「でも、魔王様ムッツリだかんな。またゴニョゴニョ言って終わりじゃね?」
「そしたら俺らで楽しむだけさ。ヘッヘッヘ……」
囚われのフィーナには自由意志など存在しない様だ。
話せば分かってもらえるかも……と、お花畑思考に傾いていた自分を引っ叩いてやりたいとフィーナは一人自戒する。
城塞に入ると魔族達は地下を目指して進み始めた様だ。薄暗い廊下を雑談しながら下っていく。
フィーナは辺りを見回し脱出時の手掛かりでも探そうとしたが、あまりに入り組んだ城内の造りに早々に諦めてしまった。
(…………)
もし、自分が手足の自由を取り戻せたとしても多分城塞内で迷って永遠に外に出られないと思うしそうなる自信がある。
もう隙を見て転移で逃げるしかないのだろうか…?
しかし、いざ転移しようと思った時にすんなり転移出来る様に転移先をイメージしてみたのだが、どういう訳か転移先のイメージがぼんやりしてしまって転移を成功させられる気がしない。
溺れかけた事を引きずっているせいで不安になっているからかとも考えたが、どうもそういう訳では無さそうだ。
(…………)
自力脱出も出来ず転移で逃げる事も出来ないとなると、フィーナがこの城塞から出るのはほぼ絶望的という事になる。
誰かに助けてもらう事を待つだけの前時代的なお姫様ポジになってしまった事と、助けに来てくれる人物のアテなど全く無い事を自覚したフィーナが軽くショックを受けていると
「それじゃ、ここに入ってろ」
フィーナを運んでいた魔族は無造作に彼女を鉄格子の付いた部屋に投げ入れた。
ードサッー
「きゃっ!」
石造りの床の上に申し訳程度に敷かれていた藁がクッションとなり、かろうじて無傷で済んだ。
しかし、手足は縛られたままなので受け身を取ることも出来ず起き上がるのもやっとだった。
「はぁ……」
藁の上に腰を下ろし一息付いたフィーナは、囚われの身とは言え魔族領に転移して初めて落ち着いて物事を考えるゆとりを得る事が出来た。
(…………)
フィーナは一連の出来事を思い返していた。アルフレッドの転移に付いてきて不気味な森の中を彷徨い続けた事。
アルフレッドの木剣が落ちていたのを拾ったらよく分からない池の中に転移させられた事。
なんとか逃げられたかと思ったら魔族に捕まり……こうして魔族の拠点らしい城塞に幽閉させられてしまっているというのが現状だ。
(はぁ……)
まずアルフレッドを探さなければならない訳だが、どう探せば良いのか皆目見当が付かない。
魔族領に転移して来た以上、ソーマは魔族領に何らかの目的を持って来たはずだ。それならば……
「あの……この辺りで人間の男の子を見かけませんでしたか? 黒髪で十歳位の……」
フィーナは牢屋の外にいる魔族達に尋ねてみる事にした。
幸いにも?魔族達はフィーナの事が珍しいのか見物目的でひっきりなしにやってきている。
これではまるで動物園の見せ物の様で落ち着かないのだが。
「ん? なんだぁ?」
「人間なんて見かける訳ねぇだろ?」
「んなのが居たって魔物の餌になってるだろうぜ」
「そりゃそうだ、ハッハッハッ……」
魔族達からは有益な情報は得られなかった。成果が無かった事実にフィーナががっかりしていると
(……ん?)
魔族達の中の一人がフィーナを見てオロオロしているのが見えた。
彼はフィーナと目が合うとハッとした表情をしたかと思ったら何故か会釈をしてそのまま焦った様に立ち去っていった。
(……なんだろ?)
フィーナは魔族領に来たのは初めてであり、当然顔見知りなど居るはずも無い。
何の事か分からずフィーナがキョトンとしていると
「ところでこいつ、どうすんだ?」
「とりあえず魔王様に見せて判断待ちだろ」
「その前に俺達で楽しまねぇか? この辺りにエルフなんて居ねぇしよ」
鉄格子の向こうから不穏な会話が聞こえてきた。魔族達は少し意見を交わし全員の意見が一致したらしい。
魔族達は鉄格子の小さい扉を開けてゾロゾロと牢屋の中に入ってきた。彼らは全員ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべている。
(な、何……?)
本能的に見の危険を察知したフィーナは反射的に魔族達から距離を取ろうとする。
しかし、手足を拘束されているフィーナには逃げるどころか満足に身動き一つも出来ない。
「そう身構えるなよ。たっぷり可愛がってやるからよ!」
一人の魔族が近付いてきたかと思ったらフィーナの両肩に手を置き、彼女をそのまま床に押し倒してきた。
「うぁ! な、何を……?」
床の上に押し倒されたフィーナは魔族に抵抗しようとするが両腕が後ろ手に拘束されている為何も出来ない。
「おい、誰だよ足をふんじばったのは? 外してくんね、これじゃ出来ねぇだろ」
フィーナを抑えている魔族が他の魔族に悪態を付く。その声に反応した魔族の一人がフィーナの足を拘束している黒い紐の様なモノに手を向けると紐は瞬く間に霧散していった。
(い、今なら……!)
両足の自由が戻ったフィーナにはこのまま大人しくしているつもりなど毛頭無かった。
「このぉっ!」
フィーナは自分を抑えつけている魔族の股間を蹴り上げた。
ードガッ!ー
「うぅ!」
身体の構造は人間とは違うはずだから効くかどうかは賭けに近かったが……どうやら効いたらしい。
突然の痛みにフィーナを抑えつける魔族の力が緩んだ。
ーグッ!ー
上半身を起こしたフィーナは下半身を思い切り縮めると、続けて魔族の鳩尾に自身の踵をねじ込んだ。
ードゴォッ!ー
「はぐぅ!」
蹴られた腹を抑え悶ている魔族をフィーナは連続で蹴り続けた。
ードカッ! ドカッ! ドカッ!ー
「ぐぁ! ぐふっ! ぐへぇ!」
フィーナからの思わぬ反撃に彼女に覆い被さろうとしていた魔族は成す術もなく倒れてしまった。
「こいつ、抵抗する気か!」
「抑えろ!」
倒された魔族の後ろで見ていた他の魔族二人がフィーナを抑えつけようと襲い掛かって来た。
一人目の魔族を倒したフィーナはすぐさま起き上がると抑えつけようとしてきた魔族達の足元にスライディングの要領で滑り込み、鋭い足払いを放った。
ースバアァァァン!ー
「うおっ!」
「ぬあっ!」
さらに襲い掛かってくる他の魔族に対しては
「はあぁぁぁっ!」
ードゴォッ!ー
「ぐほっ!」
「うおっ!」
立ち上つつ放ったフィーナの回し蹴りによって、間合いに入ろうとしていた魔族達は蹴り倒された。
遮る者の無くなったフィーナは鉄格子の小さい扉目指して駆け出した。しかし
ーガシッー
「きゃあっ!」
フィーナは何かに足を取られて転んでしまう。
見るとさっき倒したはずの魔族の一人に足を掴まれてしまっていた。
「こいつ、逃げられると思ってんのかよ!」
魔族はフィーナの足を掴んだまま自分の元へ引き寄せる。
「嫌っ! 放してっ! 嫌ぁっ!」
フィーナは引き寄せられる間、自分の足を掴んでいる魔族の手を何度も蹴りつけるが魔族は力を緩める気配は無い。
フィーナが魔族の元に引き寄せられ終えた時には他の魔族達も起き上がっており、フィーナは完全に彼等に取り囲まれてしまっていた。
「ったく、手こずらせやがって」
「でも、活きが良いほうがやりがいがあるだろ」
「しっかり可愛がってやろうじゃねぇか」
「じゃあ、俺から遠慮なくいかせてもらうぜ」
魔族達はフィーナを見下ろしながら勝手な事を言っている。完全に逃げる方法を失ったフィーナは
「うぅ……や……離して……」
震えながら恐怖に怯えていた。そんなフィーナに魔族達が襲い掛かろうとしたその時




