人身売買組織
「てめぇら! ここを何処だと思ってやがる! 大貴族……ぐわぁ!」
「くそっ! 地下だ、地下へ逃げろ!」
「全員しょっぴけ! 一人も逃がすな!」
「あいさぁ!」
地上へと戻ってきた二人が耳にしたのは男達が怒鳴り合う騒がしい音だった。
ーガコン……ガコン……ガシィン!ー
ゴンドラは地下の一室に到着すると金属の軋む音と共に停止した。
上に着いたら誰かが待ち構えているのではないかと少し不安だったが、どうもそれどころでは無い様だ。
「御用改めである! 神妙に致せ!」
「無駄な抵抗はするな! 抵抗する者は問答無用で斬り捨てる!」
「何人いやがるんだ!」
「相手にするな! 逃げろ!」
上の方から男性の声が聞こえてくる。恐らく街の衛兵だろう。声から察するに人さらいのアジトにのり込んで来てくれたらしい。
「ファングさん達がうまくやってくれたみたいです! 先輩、ここで待っていて下さい!……ニャ」
ータッタッタッタッタッー
ミレットはそう言うと、フィーナが止める間もなく部屋から出て行ってしまった。
(今の内に……)
一人残されたフィーナは他に誰も居ないのを良い事に、収納空間から女の子達を戻す事にした。
収納空間から出した女の子達はまだ意識が戻っていない様だが、息はしてるからとりあえずは大丈夫な様子だ。
フィーナが横たわる女の子達に楽そうな姿勢を取らせていると
「くそっ! こうなったら地下に逃げるしかねえ!」
「早くしろ! 追いつかれるぞ!」
複数人の男の声が聞こえてきた。声の感じからどんどん近付いてきているのが分かる。
フィーナは収納空間からいつもの木剣を出すと、迎撃の姿勢を取る事にした。程なくしてやってきた男達は部屋に入るなり
「な、何だお前!」
「地下で調教させてたのまでいるじゃねぇか!」
「衛兵もこいつの仕業か?」
「かまわねえ、やっちまえ!」
男達の話は半分くらいしか分からなかったフィーナだが、自分達の身に危険が迫っているのは分かった。
「はっ!」
ーカッ!ー
フィーナはホーリーライトによる目眩ましからの木剣による打撃で男達を難なく制圧した。
男達の見た目はどう見ても街の一般人にしか見えず、特別強そうとかそういった雰囲気はまるで感じられなかった。
しばらくして、また別の男達の声が聞こえてきた。
「アニキィ、さっきの逃げた連中どこ行きやがったんでしょうねぇ?」
「さぁな、ミレットも敵を追いかけてどこか行っちまったし……手間が掛かるぜ、ホント」
「こっちに生命反応があります。私がファイアボールで牽制します。お二人は炎と煙が収まってから突入を」
なにやら聞き覚えのある声が聞こえてきた。
しかし、今はそれどころではない。こんな地下の一室にファイアボールなんか撃ち込まれたら全員大火傷……もしかしたら死人が出てしまうかもしれない。
「待って! 魔法待って! 敵居るけど女の子居ます!」
慌てたフィーナが急いで部屋の外の人達に状況を伝える。テンパリ過ぎて片言みたいになってしまったが今はスピード第一、巧遅より拙速である。
「……あれ? その声、フィーナじゃね? なにしてんだ?」
「アニキィ! それよりプロージット止めないと……あ」
「ファイアボール!……え?」
暗闇の中に突如発生したバスケットボール位の火の玉が発生した。その火の玉に照らされる三人の冒険者達……白銀の群狼のリーダー、ファングと彼の昔からの仲間である小柄な戦士。
そういえば彼の名前はまだ聞いていなかった。そして魔術師であるプロージット、彼らが一様に口を開けて驚いているのがしっかり見えた。明朝体で【あ】が見えるくらいはっきりとした
【やらかした……やっちゃった……】
彼らはそんなやらかしたと自覚している感情がしっかりと読み取れる表情をしていた。
(あわわ……!)
問題はファイアボールを撃ち込まれた側のフィーナである。接触したら爆発する特性もあるファイアボールに対しどう対処すべきか。
ホーリーウォールで受け止めるのは簡単だか爆発させればそれらの熱や煙、爆風などがプロージット達の方に行ってしまう。自分達が助かってもそれでは意味が無い。
「くっ!」
ーパアアァァー
考える時間も無かった為、フィーナはとりあえずホーリーウォールを展開させファイアボールの着弾を待つ。時間にすれば一秒にも満たないが着弾から爆発までに一瞬の間があった。
「あ…!」
何かを思い付いたフィーナはファイアボールがホーリーウォールに着弾した瞬間に
ーパアアァァー
ファイアボールを包む様にあらゆる方向にもホーリーウォールを展開させた。
ーパアアァァー
さらに、火の玉を包み込んだ光の壁を地下の氷が張った水辺の中に転移でポイしてしまった。
「はぁ〜」
事なきを得たフィーナは大きく溜め息をついた。下手をすれば誰かが被害を被っていただけに、さっきのファイアボールへの対処は心臓ドキドキであった。
(あれ……うまく切り抜けられた……? 私もやれば出来るのかも……!)
非常時でもきちんと対応出来るじゃないかと一度の成功で錯覚する女神。
根が単純なだけに自身に対しても疑うという思考が全く働かないのは長所と言うべきか。
「フィーナさん、すみません。こんな所に居るの敵しか居ないと思っちゃって……」
頭を下げながら近付いてくるプロージットと白銀の群狼の面々。
「いいんですよ。それよりこの女の子達と犯罪者をお願いします」
ファイアボールを撃ち込まれたにも関わらずフィーナは軽く受け流す。
今の彼女は根拠の無い万能感で満たされているので気が大きくなっているのだろう。平たく言えば調子に乗っているのである。
フィーナの言葉に白銀の群狼の面々は衛兵を呼びに上階へと駆けて行った。
程なくして女の子達は無事に保護され犯罪者達は衛兵に縛り上げられ連れ去られていった。
フィーナ達が建物から出ると辺りはすっかり真夜中になってしまっていた。
建物の外でミレットとは合流したが彼女はプロージットやファング達を探していたのだそうだ。
しかし、地下牢の女の子達が犯罪者の男達に証拠隠滅されかけている所に遭遇し彼女達を助けていたのだそうだ。
そんな経緯があったからか
「この度は危ない所を助けて頂き感謝する」
戦士風の犬耳少女と
「本当に助かりました!」
ハーフエルフの少女がミレットの後ろに付いていた。
フィーナ達はどこか休めそうな場所をと王都を彷徨ったが真夜中に営業している店などこの世界ではそうそうあるものでは無い。
仕方無く冒険者ギルドに転がり込むフィーナ一行。総勢九名の大所帯である。
こんな時間でもギルドの入り口自体は空いている。しかし受付には誰も居ない為、依頼等のやり取りは出来ない。
夜間のギルドの使用は冒険者達の良心に委ねられているのである。
もっとも、冒険者ギルドに損害を与えれば冒険者登録の抹消から始まるペナルティが与えられる決まりなため、それらが抑止力となり冒険者ギルド内で無茶をする者など滅多に居ないのである。
フィーナ達は空いている席に座り、女の子二人の今後の身の振り方などについての話し合いを始めるのだった。




