いつもの日常
「それでは御自身の死亡時の状況は理解されましたか?」
目に映る範囲の全てが真っ白な空間、そこにポツンと置かれた二つのソファーに座った男女が向かい合って会話をしていた。
会話……と言うよりは女性が男を窘めていると言った方が正解かもしれない。
「だから言ってんじゃん女神さまぁ? 異世界行くならチートくれってば」
高校のブレザー制服を着た十代半ばの黒髪の少年は、ソファーから立ち上がり女性に詰め寄っている。
しかし女性はそんな少年をクレーマー扱いでもするかの様に溜め息をついており、まともに取り合うつもりは無い様だ。
「私達にあなたを特別扱いする理由はありません。どなたかに異世界行きをお願いさせて頂いている立場ではありますが……」
女神と呼ばれた女性は手元の書類を確認しながら、少年の方を見る事無く言葉を続ける。
「別に魔王退治とかをお願いしている訳でもありません。あなたの転生先として異世界を勧めさせて頂いているだけです」
女神は十代後半から二十代前半くらい、白く丈の長いドレスを着た金髪碧眼の女の子である。
そして、その背中には手羽先を思わせる真っ白な羽根が畳まれている。
椅子に座る彼女の白いドレスから伸びる細くて長い足は白いストッキングで包まれており、白いパンプスという全身が白一色纏められていた。
また、ドレスの上半身部分はゆったりしたタイプで長時間着用していても疲れないものとなっている。
(またですか……はぁ)
最近特に多い転生候補者の、ある傾向に女神は頭を悩ませていた。
誰が言い始めたのかは分からないが異世界への転生を告げると、皆一様に狂喜するという事例が最近目に見えて特に増えてきていたのだ。
それだけならまだかわいいものだが、何故か彼らは口々にチートよこせとか女神に詰め寄ってくるのである。
異世界への転生は別段珍しいものでは無く、転生先が異世界なだけで特別な事は何も無い。
「じゃあさ、何かすごいアイテムとかくれよ〜。なんかすっごいスマホとかさぁ」
このままゴネてもチートなど貰えなさそうなのを悟った少年は少し方向性を変えてきた。
ーパアアァァァ!ー
女神は神の奇跡で少年の為に何かの物体を生成する。女神の手が光を放ったかと思うと、すぐに光は収まり女神の手には小さな何かが握られていた。
「では、これをお渡ししましょう。どうぞ」
女神は少年に生成したばかりの小さい何かを手渡す。受け取った小さい物を見た少年はプルプルと肩を震わせ始めた。そして
「なんだよコレ! ただのガラケーじゃん! しかもらくちんホンとかのジジイ向けのケータイじゃねーか! こんなんでどうしろってんだよ!」
ーガンッ!ー
少年は受け取ったガラケーを思い切り床に叩きつけた。
「ご安心下さい。三和音に対応してますから。ご希望のカラーがあれば変更しますよ」
女神はやる気のない声で何のフォローにもなってない事実と配慮を少年に伝える。
しかし、そんな事で少年が落ち着くはずも無く……
「ふざけんな! そんな事を言うなら転生してやらねーぞ!」
機嫌を損ねた少年は子供の様に駄々を捏ね始めた。少年は子供だからある意味間違いではないのだが……。
彼が承けなければ女神は別の魂を勧誘するだけである。そこで
「あなたは事故で亡くなられましたよね?」
女神は唐突に少年に自らが死んだ時の事を問い正し始めた。
「そ、それが何だよ?」
少年は女神の言葉の真意が分からずに聞き返すしか出来ない。
「良いですか?」
優しげだった女神の表情が真面目なものへと変わる。そして
「あなたは自転車に乗っていて事故に遭いました。見通しの悪い交差点での一時停止義務違反、無灯火、自転車の整備不良などなど……」
女神が列挙しているのは明らかな少年の過失である。
「本来であれば、あなたは罪を悔いて償わなければならない立場にあります」
淡々と話す女神の言葉に少年はすっかり口を噤んでしまった。さっきまでの勢いは見る影もない。
「あなたの不注意でどれだけの数の人々の平穏を奪ってしまったか自覚されていらっしゃいますか?」
女神の淡々とした情け容赦の無い言葉は続く。少年のさっきまでの勢いは消え去ってしまいバツが悪そうにしている。
「残された御家族の方々もそうです。あなたは迷惑と悲しみを残してこちらに来てしまったのです」
ここまで一気に話し終えた女神は小さく溜め息を付くと
「本来、貴方は異世界行きを喜べる立場ではないのですよ?
まずは後悔、そして贖罪の気持ちがあって然るべきです」
説教を終えた女神は一息つき、改めて少年に向き直ると再び話し始めた。
「こちらの要請を拒むのでしたら、あなたは本来の予定通りに懲罰的な来世へと送られる事になります。えーと……」
女神は言葉の途中でどこからともなく書類を取り出し、それに目を通し始める。
「あなたの来世は蝉として転生し続け、セミファイナルを繰り返す人生になります。……頑張って死にかけの時に道行く人を驚かせてあげて下さいね」
女神はそう言うと少年に右手を向け来世へのレールに彼を転移させようとする。
ーパアアァァー
ここまでの女神の行動には一切の躊躇が無かった。女神の本気度を悟った少年は
「待って待って! 分かった、行く! 行きます!」
両手を前に出し女神に対し必死で来世行きを止めさせた。
彼はごねるのを諦め異世界への転生をようやく受け入れるつもりになったらしい。
さすがにセミファイナルよりは普通の人間として生まれ変わる方がマシという事なのだろう。
「分かってもらえれば良いんです。それでは次の人生、頑張って下さいね。」
女神は少年にさっきとは別の書類を差し出した。
「次の転生先……農家の次男かよ。しかも早死って……」
蝉よりはマシと納得しかけた少年だったが転生先の自分の将来を見て明らかに落胆している。
「そちらの人生をよりよいものへと切り開くのがあなたの役割です。必死に生きて幸せを掴んで下さいね」
「他人事だと思って簡単に言うなよ! こいつ不細工だし短足だし……」
ーパアアァァー
少年の言葉が言い終わるより先に少年は女神の手によって異世界を司る神の元へと送られていった。
「はぁ……」
少年が居なくなったソファーを見て女神は再び大きなため息をついた。
今日の仕事は彼だけでは無く、まだ部屋の外に大勢転生候補者達が控えているのだ。
せめて次の候補者はもの分かりの良い素直な人であって欲しい。
(頑張りましょう……)
次は物わかりの良い素直な転生者達であって欲しい。そんな事をただひたすらに願う女神であった。
誤字脱字、推敲箇所ありましたら
御指摘よろしくお願いします。
イラストは中西青葉様作成です。
不定期更新。