部下side
「室長には『宰相閣下』という最大の後ろ盾がある。忠告する人間は少ないよ。下手な事を言って『宰相閣下』に目を付けられたら堪ったもんじゃない。だから皆口を噤むんだ」
俺から言わせれば室長も三男坊に劣らないほど世間知らずだ。
しょうがない部分もあるけど……普通は気が付くだろ?
「中堅クラスの伯爵家なのに、他の高位貴族よりも頭一つ分抜きん出てる。それだけで『出る杭は打て』状態。にも拘らず、室長が今の今まで無事だったのは、宰相閣下を始めとしたスタンリー公爵家がヤルコポル伯爵家を囲い込んでいたからだ」
「囲い込む? 何故?」
「そりゃあ、室長の家族を人質に取られたり、ハニートラップに引っかからないようにするためさ。貴族なんて足を引っ張りあってナンボだ。ニコニコしながらライバルを蹴倒して自分が上に立つ。場合によっては血で血を洗うような政争を繰り広げなきゃいけない時だってあるんだ。才能だけで上にいける世界じゃない事位知ってるだろ? ヤルコポル伯爵家は歴史は有るけど他に目立った処がない。スタンリー公爵家の失脚を狙う連中からしたら良いカモだよ」
室長は項垂れるように顔を覆った。
頭の良い男だ。理解したんだろう。遅すぎ!
一族の中で誰か一人でも政財界に通じている人が居れば話は別だったのかも。誰も室長に「貴族としての賢い生き方」を教えてない。室長の奥さんも確か子爵家出身だ。社交界での泳ぎ方も知らなかったのかもな。奥さんも「王家」という最大の後ろ盾があったしな。才能と運だけでここまで無事に生きて来れた珍しいケースだ。
「……私は運が良かったんだな」
「うん。それも、飛びっきりの幸運の持ち主だ」
「だが……出来れば……言って欲しかった」
「自分達がどういう立ち位置に居るかって事?」
「……ああ」
身の程を知っているのと、知った上で上手く立ち回るのとでは話は別だ。
室長にそんな器用な事が出来たとは思えない。
それ以前に――。
「教えるような内容じゃない」
これに限る。
というか、貴族社会にどっぷりと浸かっているのに何を甘い事言ってんだ?
顔を上げて不思議そうな表情をするな。
常識だろ。
「言っとくけど、意地悪で教えなかったとかじゃないからね。自分の立場なんて状況に応じて変化していくもんだ。その都度、上手く立ち回るのが貴族ってもんだろ? スタンリー公爵家だって君達だけを庇護してる訳じゃないんだよ? 自分の身は自分で守る。って言うかさ、こんな事俺に言われてる段階で貴族として終わってるよ。室長……貴族に向いてなかったんじゃない?」
室長は、再び顔を覆って泣き崩れた。これが友人なら肩を抱いて慰めるところだろう。 が、あいにく俺は室長の友人じゃない。だから慰めない。これからも室長の定期的な反省会は続きそうだ。




