切り捨てる者
スタンリー公爵家が相手でなければ、
「三男を教育したのはお前達だ。だからお前達に責任がある」
と言えたでしょう。
その場合、自分よりも上位者に対する侮辱的発言として「侮辱罪」に適用されかねません。弁護士は「伯爵側」として戦っている以上、「公爵側」に対してそんな事を言おうものなら不法行為とみなされても仕方ありません。法治国家でもありますが、階級社会で成り立っている国です。禁固刑に処されかねません。
ヴィランがもっと愚かだったなら、
「常軌を逸脱した行動は精神疾患だからです」
と言い訳が出来たでしょう。
ヴィランが王都の高級ホテルで愛人候補と逢引きしていなければ可能だったかもしれません。
逢引き場所が王室御用達ホテルであり、貴族階級、特に高位貴族が好んで使用するホテルです。当然、宿泊客のチェックにも余念が有りません。何時何分にチェックインしたのか、チェックアウトは何時だったのかは「宿泊者名簿」に記載されているでしょう。何時誰がルームサービスを利用したのかという記録も取っているはずです。
我がスタンリー公爵家も贔屓にしているホテルでもあります。
しかもヴィランはVIP用の部屋に泊まったのです。言い逃れ出来る要素が全くありません。老舗高級ホテルのスタッフは皆さん、教育が行き届いてますから客の情報を喋る事はまずありません。ですが、証言をお願いするなら「公爵家」と「伯爵家」どちらの味方をするかは明らかというもの。
愛人を我が家に連れ込む前日だったのも悪く作用しました。
これが前日でさえなければ、弁護士は思った事でしょう。
それとも、高級ホテルではなく下町の宿屋だったなら言い逃れが出来たかもしれません。
執事長が訝しそうにしていました。
「裁判中の御三男は様子がおかしかったです。あの方の事ですから支離滅裂な理由を言うとばかり思っておりましたがそれもありませんでした。ですが、何やらしきりに口元を動かしておりました。身体の自由を奪う薬を飲まされたのではないでしょうか?」
第一回目の裁判。
その報告は最終判決が出る日までかわる事はありませんでした。
あのヴィランが始終大人しく座り続けていたと言うのですから、そういう事なんでしょう。ヴィランに薬を盛ったのがヤルコポル伯爵家の誰であれ、弁護士は全て把握しているに違いありません。
弁護士はヴィランを切り捨てたのです。
彼を見捨てる代わりに残りの五人を守ろうとしたのでしょう。