13 《陽炎(ターン)の世界(オーバー)》
狼男···ヴォルグの腕が振り下ろされる
15センチはある爪の先から何かが伸びる
「うおっ、アブねぇ···」
一瞬の判断で後ろの子供達と自分の体を念動力で横に滑らせる。
ザンッ
鋭い音が聞こえ、振り返ると後ろの木が倒れていた
····斬撃。
魔法か能力か····。
どちらかは分からないが、今爪の先から放ったのは恐らく斬撃だ。
え?スライムじゃ無いの?
今、木倒れたよね?
根元の部分抉れてるじゃん。
い、いや····きっと見間違いだ。
そうに違いない!
スライムの鞭攻撃が斬撃に見えただけで····。
「余所見とは随分な余裕だなァ!?」
いつの間にか目の前に現れた狼男が頭を狙って上段げりを放つ
その攻撃を、自分の足裏の地面を滑らせてスライディングの要領で避ける
自分の体を浮かせながらも、地面を滑り続けて距離を取る
「ハンッ····発動時の魔力も見えないたァ不気味な奴だなァ!」
そら魔法使ってないから魔力が動く筈無い。
「決めたぜェ、あの魔導士小娘の前にテメェを殺してやるよォ!」
「暑苦しい奴だなぁ·····」
魔王軍なんちゃら師団長とか、二ーファを魔導師って呼んだりとか色々変な事を言っているがどうでもいい。
だって俺が今戦っているのはスライムだからだ!
何かとてつもない覇気纏ってるし多分全攻撃に斬撃付与能力とか付いてそうだけど·····。
多分勘違いだ!うん、そうに違いない!
強さ的に本当に魔王軍の幹部なんじゃ?·····とかいう不安を心の底に押し込めて狼男と睨み合う。
「よくもスライム程度の強さだとか舐めたこと言ってくれたよなァァァ!魔力の動きが感じられん理由は知らんが死ねば同じ事だァ····これで終いだァア!」
狼男が両手を広げる
爪が····光る。
仄かながらも、しっかりとした淡い青色の光が長い爪を覆う
必殺技か?
俺も使わないと不味そうだな····。
訓練中に思いついたあの技を····まだ練習途中で不完全だが、万が一死んだら俺の異世界ライフが台無しなのだ、手段は選べない·····。
体を震えが襲う
濃密な死の予感·····
「《 切開冥府矢 》ァァァ!!」
大気が慄く
何度も空気を引っかく爪から、めちゃくちゃに振り撒かれた斬撃が、1つ、また1つと重なっていく。
古来より魔王に挑もうとせん勇者の悉くを殺してきた黒狼の魔族。
その脅威は先代勇者が殺された以降、伝説として王国全土余すところなく伝わっている。
四天王と同レベルの実力を持つと言われた魔王の右腕、ヴォルグ・ガロドルフ。
·····通称〈黒き悪魔〉。
その必殺技の一つ、《切開冥府矢》は、攻撃に付与するタイプのスキル、【斬撃】を好むヴォルグのお気に入りの技である。
空中に打った斬撃のスピードを調節して、目標に当たる瞬間に、複数の斬撃を重ねて1つの大きな斬撃にまとめる神業。
目の前に青白い矢が迫る
使うなら今しかない
·····手を翳して叫ぶ。
想像に描くのは大気の乱れ。
矢をいなし、操るイメージ·····。
「《陽炎の世界》ッ!」
矢は俺のすぐ隣をすり抜け、一回転すると、狼男の右腕を切り飛ばした。




