第3話 樹里奈との一日
翌朝、山道。
俺達は、樹里奈が行こうとしていた山奥の寺に向かっていた。
俺の家からは、歩いて大体1時間位の道のりだ。
木がうっそうと生い茂る山道には、他に人の気配はない。
「昼間でも薄暗いんだね。」
「山の中だからな。この辺りまで来ると、民家も全然無いし。」
「わたし、こんな所に行こうとしてたんだ。一人で来たらちょっと怖かったかも。」
「それは人間の本能だな。」
「でも、正真君がいてくれるから、今はあんまり怖くないな。」
そんなことを言いながら、彼女は俺を見上げる。
「俺、そんな頼もしいか?」
自分ではそう言う風には思っていなかったが、どうも樹里奈的にはそうらしい。
「うん。昨日もそうだったし、いまだってそう。正真君は、自分で思ってるよりも、すごく頼もしいとわたしは思うな。」
―そういう事を言われると。
「なんか、照れるな。」
その時。
ガサガサガサ!
木が揺れる音がした。
「きゃっ!」
びっくりしたのか、樹里奈は俺にしがみついた。
俺達は足を止める。
・・・特に何も起こらない。
よく見ると、上からも葉っぱが落ちてきている。
「いや、ただの風だな。」
「あ!い、いきなりごめんね。」
樹里奈が俺の体から離れる。
なぜか、彼女の顔は少し赤くなっている。
「ねえ正真君。やっぱり、ちょっとだけ怖いから、手、握ってていい?」
「うん。いいよ。」
俺は樹里奈の手を握って、再び歩き出す。
手からひんやりした感触が伝わってくる。
「正真君の手って、あったかいんだね。」
小声でそんなことを呟く樹里奈の表情は、晴れやかだ。
やがて、俺達は目的の寺にたどり着いた。
「見て見て正真君!輪っかになったしめ縄がある!お寺なのに!」
「ここは、神と仏が一緒に祀られてるんだってさ。」
「へえ、そうなんだ。珍しいね!」
俺も久々に訪れたが、どうやら樹里奈にとっては新鮮らしい。
「あ、あんな所に角が生えた石像がある!」
「あれは、この寺で祀られてる神らしいぞ。」
「なるほど、そう言うことか・・・。正真君って結構物知りなんだね。」
「まあ地元だしな。小学校の時に習っただけだよ。」
その後も俺と樹里奈は、寺の中を色々見て回った。
訪問の締めは、寺の中になぜかある展望台だ。
「すごい!あんな遠くの山まで見えるんだ!ねえ、正真君もこっちに来て一緒に見ようよ!」
小走りに展望台へ駆け上がった樹里奈が、後から続く俺に向かって手招きする。
「おう。行くからちょっと待ってくれ。」
俺はようやく上に上がり、樹里奈の隣で遠くを眺める。
「きれいね・・・。」
「のどかだよなあ・・・。」
樹里奈は感動しているようだ。
しばらく眺めていると、もう太陽が頂点に差し掛かっていた。
「なんか、お腹すいちゃったね。」
「麓の集落に古民家カフェがあるから、そこで何か食べようか。」
「うん。」
「足元結講急だから、降りる時気を付けてな。」
俺はよたよたしている樹里奈に、手を差し伸べる。
「ありがと。やっぱり正真君は優しいね。」
樹里奈はその手を握り返し、笑顔も返してくる。
「そうかな?」
ちょっと照れるけど、少しいい気分だ。
麓の古民家カフェ。
俺は、少し辛めのカレーを。
樹里奈は、キッシュを美味しそうに食べている。
「正真君って、結構ロマンチックなお店知ってるんだね。」
樹里奈は店内に置かれたアンティークな品々を、まじまじと見つめながら言った。
「ここのカレー美味しいからな。普段は木曜しかやってないんだけど、今日は特別営業してるんだってさ。」
「それなら、わたし達運が良かったんだね。」
「そうだな。」
「正真君のおかげだね。」
「俺は神じゃないぞー。」
俺は少しおちゃらけた風に返す。
「うふふふ。わたしにとっては似たようなものだもん。」
そんないいもんかなあ、俺。
俺は少々の照れ隠しで苦笑した。
夕方。
俺は樹里奈を、バスで駅まで送った。
駅の改札の前で、俺達は名残惜しそうに話しこむ。
「今日はありがとう。正真君のおかげで、すごくリフレッシュできたよ。」
「俺も楽しかったな。」
樹里奈が俺に少し顔を近づける。
「ねえ、正真君。わたし、この辺りの雰囲気、気に入っちゃった。また案内してくれる?」
「もちろん。」
「ありがとう!今度はわたしの住んでる都内も案内するね。」
「お、そりゃ楽しみだな。」
樹里奈はまた笑顔を俺に向けた。
「明日は学校だね。」
「そうだな。」
そう、明日は月曜日。
またあの学校に行かなければならない。
ただし。
今までとは、決定的な違いがある。
「わたし、今自分にびっくりしてるんだ。だって、明日学校に行くのが楽しみなんだもの。また正真君に会えるから。」
「奇遇だな。俺も樹里奈と同じだよ。あの学校では色々あるけど、樹里奈がいるなら、それだけで行く意味があるかなって。」
「わたし達、似たようなこと考えてるね。」
「確かに。」
俺と樹里奈は顔を合わせて笑った。
「それじゃ、またあした、学校でね。」
「ああ。また明日。」
樹里奈は手を振ると、改札の中へと消えて行った。
明日か。
ここまで明日が楽しみなのは、生まれて初めてだろうな。
―さて、今日は早く帰ってもう寝よう。
お読みいただき、ありがとうございます。
「面白かった!」
「ここが気になる!」
と思ったら
下にある☆☆☆☆☆から、作品の評価お願いいたしします。
面白かったら☆5つ、つまらなかったら☆1つ、正直な感想でもちろん大丈夫です!
ブックマークもいただけると本当にうれしいです!
何とぞよろしくお願いいたします!