第2話 樹里奈、家に来る。
ある日、森の中。
同じ学校の直竹さんに出会った。
熊はどうでもいい。
「ほれ!あっち行け!シッシッ!」
俺が睨みつけて大声を出すと、熊はあっさりどこかに消えて行った。
まだ立ち上がれない彼女に、俺は手を差し伸べる。
「大丈夫?怪我とか無い?」
「あ、ありがとう!」
直竹さんはその手をつかんで立ち上がった。
「えーと、俺のこと、わかる?」
「隣のクラスの、南川くん、だよね?」
勢いで名前を呼んでしまったが、彼女は俺の事をわかるようだ。
―ちゃんと認知はされていたのか。意外だった。
「あんな怖い熊に全然動じないなんて、南川君って結構勇気があるのね。」
「勇気があると言うか、この辺りじゃ熊が出るなんていつものことだし。」
「それでも、わざわざ間に入ってわたしを助けてくれた。学校だと目立たないみたいだけど、わたし今、南川君のことすごく見直してるんだよ。」
「それはどうも。」
―さて、これからどうしようか。
俺は直竹さんを下界に返す―もとい、ふもとに送る―方法を考える。
あいにく終バスはもう出た後だ。
「1時間位かかるけど、自転車で最寄りの駅まで送るよ。」
ところが、その提案に対し、彼女は首を横に振った。
「・・・わたし、そこまでして、家に帰りたくはないな。」
「帰りたくない?」
「南川君の家、この近くなんでしょ?」
―近くと言うか、もうこの林を抜けた所なのだが。
「今晩、泊めてほしいな。」
俺の家。
麓に買い物に行ったら、その帰りにいるはずのない隣のクラスの女の子と出会った。
しかも、彼女はうちに泊まりたいと言う。
なんだこの状況は?夢か何かなのか?
―わかったぞ、これはドッキリかなんかだろ。
流行に疎い俺だって、そう言う番組は少しくらい知っている。たしか毎週水曜日に・・・
―辺りを見渡すが、何も起きそうにない。
「助けてくれてありがとう。いきなり押しかけちゃて、ごめんね。」
「いやいや、俺は特に何もしてはないよ。」
―泊まるって言いだしたのは、さすがに驚いたけどな。
「それで、直竹さんはなんでこんな山奥に居たの?それに帰りたくないって?」
いつも遠目に見る感じだと、文学少女か何かだと思っていたが、案外ハイカーだったのか?いや、そんなはずはない。
もちろん、何か事情があってのことなのだろう。
「聞いてくれる? あ、私のことは樹里奈でいいよ、正真君。」
「もちろん。」
俺が出したホットココアを飲みながら、直竹さん・・・樹里奈は話し出した。
「なんかもう、色々嫌になっちゃってたのかも。」
「嫌になった?」
「うん。毎日の生活にね。」
「わたしの家、両親は結構厳しいの。小さい時から、あれは駄目、これは駄目って。」
「あー。それはきつそうだな。」
「でもその割に、忙しくしてて家には全然帰ってこないんだ。」
―俺と似たような物か。
「学校に行っても、女子は表面の付き合いばかりだし、男子はみんな、わたしをそう言う目でしか見てこない。みんな、外見にしか興味がないみたい。」
外見にしか、ね。
「誰も、自然体のわたしを見てくれなかったんだ。」
遠目には、ただ大人しめなだけにしか、見えていなかったけど。
「樹里奈も、内心はやっぱり色々抱えていたのか。」
その俺の言葉に、彼女は反応した。
「やっぱりって・・・?」
「時々図書室とかで見かけるけど、樹里奈って、実はただ物静かなわけじゃなくて、何か抱えて沈んでるからそう見えるだけだろうなって。俺は前からそう思ってたよ。」
「正真君ってすごいね。わたしの外見じゃない所を見てくれたの、正真君が初めてだよ。」
「そうなんだ。まあ、俺はあまり外見がどうとかは気にしないからな。」
「ふふふっ。そうなんだ。正真君のそう言う所、わたしは良いと思うな。」
樹里奈は少し笑った。
「それで、わたしの話に戻るんだけど、この土日は、たまたま両親が家を空けてるから、わたしもちょっと街から離れて、山奥に出かけて一人で気分転換でもしようかなって思ったんだ。」
つまり、一応ハイキング目的でもあったのか。
「けど、目的地には全然たどり着かなくて、しかも道に迷って、やっと道に出たと思ったら熊に出くわして。」
樹里奈の顔色は少しだけ沈んだ。
「そりゃ散々だったな。どこに行こうとしてたんだ?」
「このお寺。パワースポットってネットに出てたんだ。そこまで行けば、少しは気分転換になるって思って。」
樹里奈は指を指しながら俺に地図を見せる。
「あーここか。それなら道1本間違えてるな。」
俺は正しい道を指差す。
「え!?そうだったの?やだわたし。だから、いつになってたどり着かなかったんだ。」
樹里奈は少し顔を赤くしている。恥ずかしそうだ。
「樹里奈、明日時間ある?」
「うん。大丈夫だよ。」
意を決して、樹里奈を誘う。
「明日、俺がそのお寺まで連れてくよ。」
「いいの!?わたしなんかに一日付き合ってもらっちゃって。」
彼女の表情がぱあっと明るくなる。
「もちろん。せっかくこんな所まで来てくれたんだし。色々案内するよ。」
「わあ!ありがとう!」
樹里奈は目を輝かせた。
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