活路の先で笑うもの
「お前如きが私に『崩拳』を使わせるとはな」
せり上がる痛みと吐き気。
「今の一撃のために、無様に泣き叫び逃げ回っていたというなら―――」
視線を下ろす。
コマチの腕は、ミハルの腹部を貫通していた。
認識した瞬間に、体内を空虚な違和感と激痛が支配する。
とめどなく溢れるのは、血と臓物が混ざった吐瀉物。
「―――それもまぁ、無駄な足掻きと、いうやつだ」
乱暴に腕が振り抜かれ、ミハルの身体は宙を舞う。
腕が抜かれた跡からは臓物が覗き、絶対に触れてはいけない部分に風が触れる感触で自分の状態を再認識する。
腹に空いた空洞。拳の一撃で空いたとは思えない真円の穴。
欠けた身体に、歓声と熱気が染みる。
遠のく意識の中で聞こえる声は。
「言っただろ。お前を決して殺しはしない」
言葉に続く蹴り。たやすく吹き飛ぶ感覚。壁にぶつかれば、段々と意識が戻され始める。
じわじわと取り戻される「無傷」という恐怖。死の淵から引きずり戻された先は、闘技の舞台の上。
腹の大穴が塞がった瞬間、身体が持ち上げられた。
「お前の見せ場は終わりだ。
観客は、お前の本当の絶望を望んでいる」
一撃。頭が揺れる。身体がごろごろと転がって壁にぶち当たる。
腕が折られ、足が折られ、意志に関わらず悲鳴が口から飛び出す。
そして、怪我が治癒され、再び身体が舞台の上に投げ出される。
一撃。胸が凹む。肩がずれ、腹が裂け、至るところから血が吹き出す。
悲鳴すら追いつかぬ連撃によって、身体からなだらかな面がなくなる。
そして、怪我が治癒され、再び身体が舞台の上に投げ出される。
痛み。治癒。痛み。治癒。痛み。治癒。痛み。治癒。痛み。治癒。
痛み。治癒。痛み。治癒。痛み。治癒。痛み。治癒。痛み。治癒。
嬲られるがままでしか居られない。
打つ手がない。
もう、道具を取りに行く隙すらない。
身体を動かす瞬間すら用意されない。
完全で。
完璧で。
一方的な。
身体能力で大きく上回るコマチが繰り出す、本気の蹂躙だ。
首を捕まれ、身体が持ち上げられる。
「聞かせてくれ。
どんな気分だ。死ぬことすら出来ないというのは」
「……ッ」
「お前は、ここで一生を擦り減らして死んでいく。
だが安心しろ。いつかこの街に勇者ユイが現れたら、その目の前で殺してやる。
ユイはお前を特別視していた。目の前で殺してやれば、さぞいい声を聞かせてくれるだろう」
死ぬことすら奪われ、全てが粉々に砕かれていく。
痛みと苦しみで思考が埋め尽くされ、ミハルの心に残るのは。
「『そうか』」
「……何?」
「『今が、そうか。
今が貴様の歩みが止まる時か、ヒト』」
自分の意識すらすり抜けて、舌が言葉を結ぶ。
その言葉の意味。
その言葉が示す未来。
駄目だ。
駄目だ。
食いしばり、踏みとどまろうとしても、抗えぬ闇が身体を奪う。
「『落日』」
闇夜に生まれた瞼が開き、滂沱と悲嘆を流し出す。
世界を満たしていくその悲嘆は、闇によく似た漆黒だった。




