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闘士入場

明かりの絞られた牢の中、索敵が強大な力の接近を知らせる。

この状況で、この強さ。あれこれ考えるまでもない。


「コマチ」


階段を降りてくる足跡は、淀みなく、等間隔で刻まれていく。


「まさか、お前だったとはな」


通路の向こうから聞こえてくる声。


「服を脱がせた時は流石にこの目を疑った。

 まさか、勇者の腰巾着が女装してこの街で暴れまわっているとは」

「俺も目を疑ったよ。まさかお前が魔族の味方をしてるなんてな」


足音が牢の前で止まる。

鉄格子を挟んで、見下す勝者と見上げる敗者が再び出会う。

勝者……コマチは、いつもどおりの感情を感じさせない表情で、淡々と続けた。


「何をしに来たか、誰が関わっているか。特に語る必要はない。

 語ったところで、お前を待っている運命は変わりはしない」

「それは、どの道上に連れて行かれるってことか?」

「そうだ」


がちゃりと音を立て、鉄格子の扉が開く。

逃げ出すことは出来ない。唯一の逃走経路ではコマチがこちらが動き出すのを待っている。

揺さぶってやろうと「上」について触れたが、反応はない。

コマチにとってもこちらは旧知。しかもコマチと違ってミハルの能力は上限ぎりぎり際の際まで勇者団の団員に伝えてある。当然といえば、当然か。


「来い」


ここで抗ったところで結末は見えている。無駄に傷を負うくらいなら、機を図るべきだ。

傷。ふと思い出す。頭に受けた鋭い蹴り、その痛みが全く残っていない。

それがまた、ランドリューの語った伝説やニイルの様子と絡んで、頭の中で最悪の未来の形を編み上げる。

跡形もない古傷の感覚とまだ見ぬ未来に背中が泡立つ。


「早くしろ。お前が現れるのを、街の住民全員が、今か今かと待っているぞ」

「随分な人気だな」


覚悟を決めて立ち上がる。

歩みだす足の一歩一歩が、ここより深い地獄への道だ。


「そうだ。街は今、お前の話題で持ちきりだ。

 街を燃やし、壊したお前をひと目見ようと、今日は色街のすべてがここに押し寄せている」

「そりゃあ、凄い催しになりそうだな」


口調の優しさとは裏腹に、並々ならぬ敵意が全身に迸っている。

階段を登り、長い廊下を歩き、だんだんと、光が見えてくる。

光を受けてようやく見えたコマチの服装は暁の勇者団所属時と同じもの。ミハルの服装と重ねれば、催しの趣旨は理解できた。

目を引くのは身につけられた二つのネックレス。一つはコマチのもので、もう一つは、きっとミハルのもの。


 《 さぁ! いよいよ始まります!

   華やかなる表舞台・勇者の配下という立場より一転、ゴーシャの闘技の頂点に上り詰めた『崩拳』コマチによる闘技!

   奇しくも、その相手は、同じく華やかな表舞台からの刺客!!

   そして、皆様の記憶にも新しい、ゴーシャを大混乱に陥れた『燃える一夜』の主犯!! 》


歓声か。罵声か。様々な声が、叫びが、放たれ、轟き、石造りの大闘技場を揺らす。

闘技の舞台に続く廊下が、配置された小さな火霊灯が、ぐらりぐらりと揺れている。


 《 ご紹介しましょう! 彼こそは『雷槍』ニイルに続く哀れなる生贄! 『斥候兵』ミハル!!

   罠と索敵に卓越した彼は、この闘技の舞台で、どのような戦いを見せてくれるのでしょうか! 》


まずコマチが門を抜ける。上げられる歓声と打たれる拍手が空気の波になってミハルの歩みを鈍らせる。

門を抜けた瞬間、コマチが振り返る。先に進めばミハルが逃げるとしっかり理解しているようだ。

コマチは一切過小評価せず、ミハルをこの舞台で叩き潰すつもりのようだ。


『何が始まる』

「処刑だ」


門を抜ければ光が溢れる。合わせて盛大な罵声がミハルの身体を叩き、あれこれと物が投げ込まれる。

悪党ひしめくこの街でも、今ばかりはミハルこそが大悪党。

それがコマチと戦うとなれば、期待も膨らむ、ということか。


一切逃げる隙なく闘技の舞台の中央へ導かれ、コマチと向き合う。

いつも無表情なコマチの口元が、歪んでいた。

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