敗因は
……
……
冷たい。
「ん……」
最初に感じたのは、身体の冷たさ。そして強張った身体のぎくしゃくとした感じ。
眠っていたのかと身を起こす。
目に入るのは石造りの小さな部屋と、部屋と外界を区切るように立てられた鉄格子。
見覚えのない景色に、一気に意識が覚醒する。
そして怒涛のように記憶が戻ってくる。
不意打ちの結果コマチに望み通りの一撃を叩き込むも、常識はずれなコマチの一手で盤面をひっくり返された。
そして、そのままコマチの手の中で意識を失った。
『ようやく目が覚めたのか』
聞こえたのは、体の内側からの声。
ランドリューと同行を始めてから口数の減っていた魔王の影が、久方ぶりに口を開いたのだ。
「……おはよう」
当然、こんなありきたりな言葉に返事はない。
期待したわけではないのでそのまま流し、空間知覚を広げる。
脳内に広がる周囲の地形。地下にあるらしく周囲には通路以外の道はなく、更に知覚を広げれば特徴的かつ破壊の痕跡が残る外壁に至る。
どうやら、ゴーシャの中央にある闘技場の地下に囚われているらしい。
牢屋の壁に手を触れる。地下に埋められている以上この壁を突き破ってはい終わり、とはいかない。
そもそも逃げ出す術をたぐろうにも、装備は全て奪われている。
服装もランドリューが用意した女弓兵ミーテルのものではなく、どうやって用意したのか勇者団時代のミハルが着ていたものとよく似た服を着せられている。
ご丁寧に靴まで奪われている。靴に潜ませていたささやかな武器があればまだ道を選べたかも知れないが、それも出来ない。
目に見える景色と同じ。八方塞がりだ。
もう少し脚が速ければ。
もう少し選べる策が多ければ。
もう少し作れる罠に威力があれば。
派手な練技でも卓越した武術でもいい。
ミハルにもう少し力があれば、ミハルはこの紙一重を乗り越えられていたはずだ。
自分の弱さが嫌になる。
そして、それより嫌気のさすものが一つ。
「……調子に乗りすぎた……んだな。
最近色々あったけど、最後には全部上手くいってたもんなぁ……」
ニイルを助けるために動いたことも、ランドリューを助けるために動いたことも、ミハルなりの勝算あっての行動だ。
だが、事此処に居たり、頭を冷やしてみれば。
ミハルの策には、驕りが混ざっていたのかもしれない。
魔王の十指トウトに魔王の翼ヨミ。闇を広げる者達との戦いの中で、ミハルの策と罠は「結果的に」効果的に働いた。
それが、自分の腕への過ぎた自信となった。
斥候兵が自分の腕を過信して敵を低く見るなんて、一番やってはいけないことだろうに。
ニイルを逃がすと大言を吐き、ランドリューまで巻き込んで。
ランドリューから直前に話を聞いていたにも関わらず、戦力分析を怠りコマチの強さを見誤り。
結果、後少しが届かずに、今度はミハルが檻の中。
これは、ミハルが招いた、ミハルの失敗だ。今更気付いても、もう遅い。
『これからどうするつもりだ』
「……少し、考える」
『せいぜい無様に足掻け、ヒト。我が王には貴様の顛末を愉快に話してやる』
「そいつはどうも。にしても、今日はよく喋るな」
『アレもあのヒトのオスどもも傍には居ない。身を隠す必要もない』
「お前、案外そういうの気にするのな」
言い回しに多少引っかかる部分はあるが、バルテロのおかげで大事なことを思い出した。
ニイルとランドリューが無事かどうか、だ。
二人がふたりとも捕まっていたら、それこそ最悪だ。
再び空間知覚を広げる。それ以外に集中力を割く必要がない現状なら、時間をかければ街一つだって手にとるように把握できるはずだ。
じわりじわりと広がっている知覚が、ニイルたちより先に無数の存在を察知する。
その数。その場所。
ふたつの要素がこれから先ミハルを待つ未来を自然思い至らせた。
「そうか、ここは、闘技場か」
牢屋の天井の更に上。闘技場の中央を囲むように配置された客席と、それを埋める人の山。
街のどこに潜んでいたのか、闘技場にはまだまだ人が入ってきている。そろそろ客席すべてが埋め尽くされる頃だ。
冷たい汗が頬を伝う。
思い出したのは、気を失う寸前にコマチが口にした言葉。
「明日からが楽しみだ」。
空間知覚でも索敵でも、人の表情はわからない。
だが、客席を埋め尽くすすべての人が、もうじき始まる「楽しみ」を目的にここに集まっているのは、ミハルにも察せられた。




