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「俺を信じて生きてみてくれ」

罠を作動させる。事前に仕込んでおいた罠が作動して壁がぼろぼろに崩れ落ち、ミハルたちが来た道を塞ぐ。

更に、事前に道の脇に並べておいた厩の飼葉(乾いた藁だ)に油を撒いて、騒動に乗じて握りしめていた火霊を藁に移す。

燃料の良さから路地裏は今までにない規模で燃え上がり、炎の道に早変わり。

これでニイルが居ないことに店員が気付いたとしても、おいそれとは追ってこれない。


「……ミハルくん、これは、もしかして君がやったのか?」

「ああ。そうだ」

「なんで、こんなことを……」

「お前を、助けたいからだ」


呆然と立ち尽くすニイルに身を寄せ、首に短刀を近づける。

素早くコガレ用の首輪を斬り、首輪に施された精霊術の陣が繋がらぬように少し上下をずらし切れ目に布を噛ませた状態で縫合する。

一応の処置だ。これから警鐘を鳴らし逃げるまでの間に、想定外に他人に見つかる可能性がある。

そうなった際に、首輪のことで目を引けば厄介だ。他人を欺くという性質上これも「罠」と認識されているらしく、「罠師の腕」なら数秒。数秒で厄介ごとの種を潰せるならやっておくべきだ。


「殺してくれって、言ったじゃないか」

「嫌だって答えたはずだ」


手を引き歩き出そうとする。

だが、強い力で前に進めない。

振り返れば、ニイルがやはり怯えた顔でこちらを見つめていた。


「君は知らないんだ! 『アイツ』の真の姿と、強さを!」

「コマチについてもランドリューから聞いたよ。この辺りじゃ伝説になるくらい強いんだって」


ニイルがその名を聞いただけで身を震わせる。

魔族相手ですらへらりと笑って不敵に啖呵を切っていた優男がこうなるほどとは、随分な化け物も居たものだ。


「なんで、なんで俺なんかのために、頼んでもないのに、ここまで」

「……ここまでしてでも、俺がニイルに生きててほしいから、だ」


ニイルと視線が合う。怯え、戸惑い、そんな感情でいっぱいだ。

だから、ありのまま伝えた。


「勇者団に居た時は色々あったけど、それでも、俺はニイルに死んでほしくない。

 ニイルが死んでしまいたいと思ってても、俺は生きていてほしい。

 死ぬために俺を頼るっていうんなら、もう少しだけ死ぬのを待って、俺につきあってくれないか」


「俺が」だ。

ニイルを失いたくないというのも、後悔したくないというのも、ミハルの勝手だ。

だが、殺してくれと彼がミハルに自分の命を委ねるなら。死ぬまで、もう少しだけ、付き合ってほしい。


「俺が本当にどうしようもなくて、本当に死ぬしかなくなったら、これを飲んで構わない。だから」


手渡したのは小さな小瓶。ミハルの調合した毒が入っている。

この場で飲まれれば、それで終わり。それでも毒を渡すのは、ミハルの心の弱さと、打算からだ。

ミハルが「助ける」という大言を履行出来ない可能性はまだある。その時に「やっぱり殺してくれれば」と深い絶望をさせたくないという、心の弱さ。

そして、これをニイルが持つことで、彼は「死ぬ」という道をいつでも選ぶことが出来るようになる。

「いつでも死ねる」という後ろ暗い一筋の光があれば、きっと無謀な道に見えても進んでくれるのではないかという、打算。

口には出さず。

それでも気持ちを伝える。


「今だけでいい。俺を信じて生きてみてくれないか」


ニイルはじっとこちらを見つめ、小瓶と、ミハルを交互に見つめる。

そして、かつてのようにへらりと笑い、言った。


「……君はこんなに、ワガママな男だったのかい?」

「俺にとっても土壇場だから、少し意地を張りたいだけだ」

「……ミハルくん、俺は……」


息を吸い、呟くように口にする。


「俺は、君を、信じてもいいのか?」

「……信じられなくなったら、それを飲んでくれ」


二呼吸ほどの間を置いて、ニイルは、答えた。


「……分かった。一度捨てた命だ。もう少しだけ、君に付き合うよ」


小瓶を大事そうに懐にしまい、手が差し伸べられる。

ミハルは、差し伸べられた手を握りしめ、揃って頷き、走り出す。

まだまだ多難な、「生きる」という道を。二人で。

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