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罠!罠!罠!

きっかけは、光と音だ。

いくら明かりに満たされた街とはいえ、夜空に突然上がった光と音の爆弾には多くの人間が目を引かれる。

動き出す反応を確認。この時点でミハルに気付いた人物は居ない。つまり、索敵やそれに類する能力を持つ人間は居ない。

ならば幾つか立てた作戦のうちの一つ、最もわかりやすい方法で行く。

これから巻き起こる罠の嵐と、それにより発生する大混乱に乗じて、互いが互いに目的を為す。


「……よし」


闇に乗じてまず行うのは、街同士を移動するために置かれている動物の一斉開放だ。

闇のど真ん中の街、来るのは非力な女性ばかり。当然、移動用の馬車を引く馬や精霊術で従えられている馬系の魔獣が居る。

うまやを見つけ出し、そこに居る人間を先んじて無力化。ランドリューが居ればこれもまた話が早い。

興奮剤入りの野菜を食べさせたことで動物たちもやる気十分。爆弾の音と光で更に激情を煽り、感情が昂りきった瞬間に拘束を解けば、後はもう混乱に従い策は走り出す。


「行くでござるよ」


久方ぶりの忍び装束のランドリューに、ミーテル姿のままのミハル。

ミハルはこれから表舞台を走り回ってニイルを盗み、その上警鐘をぶち鳴らして逃げる。


無数の悲鳴が聞こえる。

十数頭の暴走。ここから始まるのは、一人の少女(?)の暴走だ。


「散ッ!」

「おう!」


ランドリューの姿が消え、ミハルも駆け出す。

忌避剤代わりに悪臭兵器で線を引き、動物の移動するルートは制御してある。

それに従って、ミハルは必要な罠を作動させながら駆け回るのだ。



そこかしこから悲鳴が巻き起こる。

動物が駆け抜けた石畳は無残に割れ、折れた火霊灯が地面に叩きつけられると不可思議な軌道を描いて石畳を走る。

どこから湧いたか煙が立ち上り、逃げた先では異臭騒ぎ。

眠らない街は一瞬にして眠れない街に塗り替わる。

嬌声は悲鳴に飲まれ、淫靡な雰囲気は立ち込める煙と悪臭で消えていく。


ミハル自身、人が暮らす街にここまで大規模な罠を張ったのは初めてのことだ。

ここまで大規模に出られるのは、変な話だが、ゴーシャという街を信頼しているからということになる。

性的なあれこれが絡んでいるせいか普通の街よりも聖職者クレリックが格段に多い。精霊術を修めた聖職者がこれだけ居るのならば、多少の怪我人が出ようと力押しが可能になる。

それでいて、街にいるのはいわゆる「お客様」が多い。そのため、勝手を知らず自身を守らせようとするために混乱が広がりやすい。

肩書だけの町長は居るようだが実質的な権力は魔族二体が握っているため、緊急時の対策は普通の街より遅れる。

そして、こういう騒動で一番に駆り出されるフリーの冒険者は街の特性上不在。傭兵は居ても、貴人を守る方が優先される。

ならば走り回ってもらう。すべての騒動で、ミハルとランドリューの騒動を隠す。


路地を走り、仕掛けを結んだ糸を切る。

遠くで悲鳴が巻き起こる。宿屋の煙突から回収した煤が遠くでぶちまけられたのだ。

煤を追うように廃棄されていたガラスの調度品が地面に落ちて音を立てれば、「強盗」という叫び声が上がった。

空間知覚を展開。伸びていく知覚が感じ取るのは、昨日と変わらず部屋の中に居るニイルの存在。


店の人間をどう引きずり出すか。

急造火薬を少量取り出し、洗濯のりに振りかける。粘度を確認して傍の火霊灯に塗りたくる。

素早く身を隠し、待つこと数十秒。火霊灯のガラスにヒビが走り、そこから漏れ出した火霊が出口を求めるように洗濯のりとその中に混ぜ込まれた急造火薬に身を宿す。

響く大げさな爆発音。飛び散った火霊が道路に落ちる。

事前に敷いてあった髪油に引火し、まるで大事のように道路の一部を炎で染め上げる。


飛び出してきた店員が慌てた様子で店に跳び戻り、店内で大声で叫ぶ。

徐々に大きくなっていく店内の喧騒を聞きながらミハルはこっそり移動する。目的地は、燃え盛る道路とは逆側の角だ。

再びしばらく待てば、店からはあられもない姿の男女が雪崩のように飛び出してきた。

店を利用していた客と、店の大事な商品であるコガレたち。そして少数の店員だ。


「こっちです! 早く!!」


必死さを心の限りに篭め、一世一代、渾身の女声で叫ぶ。この状況下でミーテル姿なら、警戒されずに誘導が出来るという寸法だ。

炎を見て面食らっていた人々が、ミハルの誘導に従いミハルの方へと駆けてくる。

空間知覚は解かない。通り過ぎていく人々の中から、確実にその手を引くためだ。

慌てふためく女、覇気のない瞳で彷徨うように駆ける男。男を追い立てる店員。

間違えずに手を取り、駆け出す。


「……あ、君、なんで……」


人差し指を口に当て「静かにするように」と伝え、そのまま目配せで「ついてくるように」と伝える。

意味がすべて伝わったかはわからないが、ニイルほどの男なら走りながらできっと気付いてくれるはずだ。

人混みに乗じて駆け、罠の一つを意図的に作動させる。

仕掛けが作動し、通り過ぎようとしていた建物の上で数度の軽い破裂音が鳴る。そして眩い光が走る。

全員の視線が建物の上へ注がれた瞬間、ミハルはニイルの手を取ったまま、路地裏へと駆け込んだ。



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