街を騒がす下準備
ゴーシャ。
時間と資産と冷めやらぬ欲を持て余した女性たちの街。
要は色街であるがゆえに、商店一つとっても取り扱っている品物が大きく異なる。
化粧品や装飾品が商店の壁を所狭しと埋め尽くし、食料や生活必需品は店の隅に追いやられ輝かしい光の届かぬ場所にひっそり置かれている。
薬草関係は影も形もなく、調合済みの薬品も日用できる鎮痛剤や痛み止めはなく、興奮作用や催淫作用のあるものばかりだ。
この物流難の時代にここまでの品物を集めるのは、余程の事情……それこそ、闇を自在に行き来できる後ろ盾や物をかき集める手段があってのことだろう。
精霊の瓶詰めは水霊のもののみ少量取引があるばかり。デラデラと街中を照らしあげるために火霊を使っているからだろうか。
商店の棚一つでこの面白さ。そういう場合ではないのだろうが、少しだけ地域差を感じて感心する。
「役に立つものはありまして?」
「……少々」
ランドリュー……ランお嬢様に尋ねられ、購入した品を晒す。
髪油、香水、天花粉、その他化粧品の数々。使えるものがあるかもしれないので薬品も買い漁った。
安売りされていた粗悪な魔宝石の詰め合わせに、値は張るが美しい高級魔宝石数個、水霊瓶。
硬度や質感の違う補正用の糸数種類に針、布、はさみややすり、洗濯のり。木製の張り子や色街でしか見ないような調度品に、縄、数少ない野菜(細くて長いものが主流だ)。
それに廃棄処分場から回収した、使えそうなものも少々。
ランお嬢様が「あれをこれだけ買いなさい」と言いミハルが「はい」と言えば、店側の人間は疑いなく品物を渡してくれる。
それもそのはず、この街では「そういう買い方」が普通なのだ。
どれだけ散財しようとも、誰も不思議には思わない。
集めに集めたすべてが、街を騒乱のるつぼに突き落とす罠の種とは流石に誰も思うまい。
なお、指示を出すのはランドリューだが出費はすべてミハル持ちのため、先に受け取っていたヨミ・トウトの討伐報酬の分け前はほぼ消えてしまった。
痛い出費だが、これでニイルを盗み出せるなら、安いものだ。
あとはミハルの鞄に残っていた僅かな罠の材料にランドリューの持ちあわせた調合用の道具と、ランドリューが事前に仕入れていた知識と昨日街中を練り歩いて知った実地の知識を反映したゴーシャの地図。
そして、最大まで広げたミハルの「空間知覚」による詳細な街中の戦力分布。
戦力分布の調査は買い物をしながらだったが、ランドリューが補助に回ってくれたおかげで無理なく行えた。
ランドリューも店を渡り歩きながら「ミーテルが居てくれると楽でいいわ。オホホ」なんて笑っていた。
こと今回に関しては、ミハルとランドリューはがっちりと噛み合っている。ランドリューの使命とミハルの策も、二人が持ち合わせた能力もだ。
必要なものが揃えば宿屋に戻る。
宿屋の店番に金を握らせ、「部屋にこもりますわ。野暮なことはしないよう」と釘を差し、なぜか手に入れた野菜(太くて長いものもある)をちらつかせるランお嬢様。
店番の少女はニコニコ笑って頷いた。何かを分かってくれたらしい。何が伝わったかはあえて触れまい。
「さて、街のための化粧品ですが」
「欲しい物、施す場所は書いてあります。もし他に必要なものがあれば」
「私はそういうの得意じゃないの。気になったところだけ聞くわ」
粗悪な魔宝石を粉になるまで挽きおろし、霊素粉末を山のように作る。
高級魔宝石はある程度砕き、廃棄されていたあれこれを混ぜて火薬代わりとして形成する。
髪油は燃えやすくするために工夫を施し。香水は虎の子の調合花粉と混ぜて過去最高の悪臭兵器に。天花粉はランドリューがミカド流忍調合で忍者特製煙玉に。
興奮作用の強い薬品を細長い野菜に埋め、催淫作用の強い薬品は天花粉に染み込ませた上で厳重に袋に入れ、部屋に備え付けの火霊の予熱で乾燥させる。
他にもあれこれ用意を進め、揃えられるものは揃えた。
あとはこれらを設置し、どこまで相手を撹乱できるかだ。
「ひとつ言っておくでござるよ、ミハル殿」
調合を続ける最中、街に入って初めてランドリューがランドリューとして口を開いた。
「ミハル殿のニイル殿強奪作戦に、拙者は関与せんでござる。
ミハル殿が捕まろうが何しようが、拙者は拙者の使命が終われば帰るでござる。そのつもりで」
「……ああ。分かってる」
ミハルの勝手はミハルが背負う。当然の話だ。
「まぁ、手伝ってくれる恩もある故な。ニイル殿の分も、あったら取ってくるでござるよ」
「それは、助かるな」
「その代わり、策の方、抜かり無く頼むでござるぞ」
「当然」
決行の時は、刻一刻と迫ってきていた。




