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救出の策

「ふうん、そんなことがあったのね」


コガレの店を離れ、ランドリューと合流した後。

馬鹿みたいに豪華な宿屋で一部屋を借り、ランドリューの練技(ミカド流忍術というらしい)で内部情報を隠蔽しつつ周囲の状況を練技で確認しながら明日に備え情報交換を行う。

その中で、当然のようにニイルについての話になった。


「なぁ、ランドリュー」

「ランお嬢様」

「まだ続けるのか、これ」

「作戦開始までまだまだ時間があるんだもの。当然でしょう?」

「……ランお嬢様は、ニイルほどの男が恐れる『あいつ』って、誰だと思われますか?」

「魔族程度ではそこまでベキバキに心を折れないでしょうし……まあ、彼女でしょうね」

「彼女っていうと」

「コマチよ。決まっているじゃない」


ランドリューは優雅に羽根扇で口元を隠したまま、ころころと笑う。だが、その瞳は全く笑っていない。

むしろ、立ちはだかる壁の厚さを再認識したように、苦々しい色を浮かべている。


コマチ。自己主張の少ない武闘家、という印象しかない。

ニイル同様魔王の鱗・スケイル戦以来の仲ではあるが、ニイル達とは違い単身スケイルの潜むザラン砦を攻略していたのが出会いである。

その類まれな体術の練度や即興ながらユイとの連携を組み上げる柔軟さをユイが高く買い勧誘、コマチ本人も特にこだわりなく暁の勇者団に入団した。

付き合いはしばらくになるが、ユイ以外とはまともに会話をしない気難しい女性だった。

確かに腕前は折り紙つきだが、だとしても、ニイルがあそこまで心を折られるほどかというと、正直疑問だった。


「そういえば、ミーテルは南方の生まれだったわね。

 ひとつ、面白い話を聞かせてあげましょう。ミカド領に伝わる、おとぎ話よ」


語られるのは、ありがちな立身出世譚。

優れた能力を持っていた子どもが、自身の腕前を国の平和に活かすために村長の私兵に士官。

だが、村長が実は悪人で、子どもは義憤の心から村長を倒す。

偶然そこに居た領主のお眼鏡に叶い本国の将軍として誘引、見事子どもは将軍として領地で大活躍をする。めでたしめでたし。


「その天才児が、コマチってことか?」

「まさか」


再びころころと笑い、訂正を施す。


「このお話はね、所詮は人の耳に心地良いよう、背びれ尾ひれで飾られ汚い部分は省かれたただのおとぎ話。

 実際の麒麟児は、齢十三で村長の選りすぐった私兵五十三人を尽く叩き伏せ、身の丈も体重も倍ほどある時の大将軍を一撃で斃し、近隣に潜む魔族を単身殴り殺し、ミカド領全土が総力を結して行った妨害をすべて蹴散らして脱領を果たした埒外の豪傑。

 自身に歯向かった相手こそ喜々として殴り倒し、立ち上がらせては叩き潰し、服従しても首を絞めあげ歯向かわせ、立てなくなれば踏み躙る、性根の底からの戦闘狂。

 その強靭無比な一撃からついた二つ名は『崩拳』。それがかつて暁の勇者団に居た武闘家、そしてこの街に居を構える魔族の傭兵。崩拳コマチよ」


短い言葉の数々に混ぜ込まれた、狂気の片鱗。

童話に謳われる気高き英雄、ランドリューの語る猛き狂人、そして実際にこの目で見たあの日のコマチ。そのどれもが全く噛み合わない。

だが、ニイルのあの尋常ではない屈し方を見るに、ランドリューが語る人物像こそが、真のコマチか。

そんなコマチが爪を隠し、牙を隠し、暁の勇者団で何をなそうとしていたのか。頭をよぎった仮説はどれも理外のものだ。


「さて、説明の手間が省けたわね。この街の最大戦力は魔族ではなくコマチ。

 明日はミーテルがコマチを陽動し、その間に私がやることをさっさかやって、二人揃ってまんまと街を抜け出す。

 それが私達の『当初の』作戦。と、なるわけだけど」


ランドリューが羽根扇をパシンと畳み、瞳を細める。


「どうにも、それ以外にオイタをしたそうな顔してるわねぇ、ミーテル」

「……ニイルを」

「『用意すべきは』」


ミハルの言葉を遮るように、ランドリューが声を上げる。

真っ直ぐに見つめた瞳が語るのは、「愚かなことを言うな」という侮蔑でも、「やろうじゃないか」という義憤でもない。

もっと純粋で、もっと利己的な、傭兵らしい理だ。


「『心意気ではなく策であり、語るべきもまた心意気ではなく利であれ』。

 ミカドでは、何かを為したいならばまず『それを為すための道筋』を立て、それが相手にとっても役に立つと語るべきだ。そうすれば協力が得やすいという教えがあるの。

 助けたいだ可哀想だとウダウダ言ってても始まりません。どうやってコガレの君を盗み出すのかから語りなさい」


見つめる瞳は、冷静そのものだ。共に旅した仲間への情も、敵地を歩くミハルへの恩もない。

ミハルの言葉次第で、ランドリューは素直に「いいですわね!」とも「無理ですわね!」とも答えるだろう。

たじろぎそうになるが、その緊張を飲み込む。

ニイルから押し倒されて以来、強さも恐ろしさも不明な敵から逃げ出す策だけを考えてきたのだ。

怯えと恐れで酩酊状態にある今のニイルを、彼の望みのままに死なせれば、ミハルは絶対に後悔する。

だからといって、マルカにやったような買い上げは出来ない。相場はマルカの5倍を超え、更にランドリューの動きが街側に知られる可能性もあるからだ。

資金をなんとかしようと手をこまねいていればニイルはいつか念願の死に辿り着く。

半端をうてばニイルが怯える「アイツ」……コマチが現れ、策を叩き潰す。

それよりも早く。その上で、コマチが指すら伸ばせぬ確実性を持って。

となれば、これしかあるまい。


「この街を、罠で埋め尽くす」


ランドリューは一度大きく目を見開き、そしてにやりと微笑んだ。

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