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変わり果て

ベッドに横たわったニイルを見ながら、これから先を考える。

彼との関係に思うところがないわけではない。

マルカと並んで表立ってミハルを糾弾していたのがニイルだ。あの頃のミハルの身から出た錆とは言え、苦手意識は拭えない。

更に、ヒトガタ売買の場でのマルカとのやりとりも自然と頭に浮かんでしまう。

魔術師マナクラフターとしての生命線を絶たれていたマルカと違いニイルは近接職、本気で襲われればミハル程度すぐに組み伏せられてしまう。

どう切り出し、どんな話をするべきか。

特に雷鳴義勇軍の三人は、サバラが死に、マルカはヒトガタに、そしてニイルはコガレ。各々が悲惨な道を辿る中にある。

何を話せばいいのかなんて、考え続けても答えは出ない。それでも、少しでも互いの心の傷を開かない道を頭の中でぐるぐると考えてしまう。


『起こせ』

「……いや、ちょっとな」

『起こせ。アレとは別の勇者の一味、興味がある』

「……」

『どうした、早くしろ』


こちらの葛藤も知らず、頭の内側でバルテロが急かす。

やいのやいのという頭の中の声のおかげで、余計なことを考える余裕がいい意味で失われた。

ここまで来たのだ。やるしかない。


カウンターで渡された鈴を鳴らす。

カランコロンという小さな音に、そよ風のような優しいマナの流れが付き従う。

数秒置いて、全く目覚める気配のなかったニイルが、ゆっくりと目を覚ました。


「……ご指名いただき、ありがとうございます」


身を起こして姿勢を正し、深々と頭を下げるニイル。

その姿は、かつての彼の破天荒さは残っていない。砕かれた心だけが透けて見えるようだった。

話そうと考えていた幾つもの言葉が消え、自然と体が動いた。

肩を掴む。コガレ用にあしらえられたと分かる手触りの良い衣服は、優男なニイルによく似合っているが、不敵で軟派で破天荒な雷槍にはまったく似合わない。

力づくで顔を引き上げさせる。ニイルは、目を覚ましたというのに、夢うつつの中にいるように力なく顔を持ち上げた。

瞳は、何も映していない。どこか遠くを見つめている。


「ニイル」

「……何故、俺の名を?」

「知ってるに決まってるじゃないか。雷槍ニイル、暁の勇者団の切り込み隊長だ!

 自分が一番格好いいと心の底から信じて、へらへら笑いながら決めるところは決めてきた、腕前は抜群の槍使い。忘れてたまるもんか!」

「……あなたは、どうして、そんなことを」


要領を得ない。帽子を脱ぎ捨て、襟を引きずり下ろし、顔を近づける。

多少の化粧はあれど、これでニイルも気づくはずだ。


「……あなた、いや、なんで、アンタは」


ニイルの声が震え、その正体を照らし合わせるように視線を動かす。

信じられないよう現実を飲み下すための数秒を置いて、ニイルはようやく、その名を掘り起こした。


「ミハルくん、なのかい?」

「ああ、そうだ。元暁の勇者団の、ミハルだよ」


問いを出した唇が震える。こちらを見つめる瞳が潤む。幾つも、幾つも、涙が頬を伝っていく。

ミハルは、ニイルという男が涙を流すのだと、初めて知った。

ニイルはただ、泣いていた。ようやく親に見つけてもらえた迷子のように、ミハルの肩に抱きつき、嗚咽を噛み殺しながら、しばらくの間泣き続けた。



涙が収まった頃、ニイルとミハルはベッドに向かい合って座り、勇者団時代でも有り得なかった距離で語らった。


「ごめんよ。お客様の前で取り乱して」

「お客様はよしてくれ。俺はニイルとそういうことしに来たわけじゃないんだ」

「……あ、ああ、ごめん。仕事中だから、つい。

 というかミハルくんは、なんでここに?」


以前なら皮肉の一つでも飛ばしていただろうところで、今のニイルはすぐに頭を下げる。

角が取れたというには、あまりにも痛々しい。


「……ニイルがここに居るって聞いたから」

「俺に、会いに……こんなところまで、そんな格好になってまで?」

「……まあ、うん。男の姿じゃ不便だろうと、女装をして潜り込んできたんだ。

 こういうのが一番楽だって、ランドリューに聞いてさ」

「ランドリューも居るのか。はは、知り合いの名前を聞くのも、なんだか随分懐かしい気がするな」


ニイルが影のある笑顔を浮かべ、しばらく目を伏せる。

そして、意を決したように目を開け。


「なあ、ミハルくん」

「うん」

「突然で、不躾な話をしていいかい」


ぽろりぽろりと溢れていく言葉。


「君に酷い仕打ちをしておいて、恥知らずだということは分かってる。

 こんなところまで落ちて、昔のよしみでと頼みごとをするのが図々しいことも分かってる。

 でも、君に、折り入って頼みがあるんだ」


身を乗り出し、願う。


「俺を殺してくれないか?」


旧知と会おうと。

笑顔を浮かべようと。

彼の瞳は、まだ光を取り戻せては居なかった。

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