コガレ
街の中もまた異質だった。
夜の闇を恐れない輝かしい店の数々。
飾られている品物はどれもルセニアの十倍以上の値がつけられている。
すれ違う人々はみな女性。しかも美しく着飾った女性ばかり。
服装の種別も多岐にわたり、旅先でも見かけた贅を尽くした服装、ひと目で手間がかかっていることが分かる細かく艶やかな作り込みの衣装、見たこともない光沢を放つ布を使った着物など、様々だ。
中には仮面で顔を隠している女性まで居る。
どれだけの女性が、どれだけの欲望を求めてここに集まったのか。ミハルでは計り知れない闇だ。
「ここに居るのは普段のアナタでは関わりようもない身分の方々ばかり。
ジロジロキョロキョロと目をやるんじゃありません。私まで田舎者と笑われてしまうでしょう」
ピシャリと行動を諌められる。首をすくめて前を見れば、ランドリューが冷ややかな目でこちらを睨みつけていた。
まるで別人の魂が入ったかのような変貌っぷりだ。
あまり目立つなと言いたいのだろうか。確かに目立ってもロクなことはない。
衣装替えの際に渡されたミーテルちゃん帽子を深く被り直し、だぼついた襟を持ち上げ、顎をうずめて口元を隠す。
先を歩くランドリューに迷いはない。御館という人物がこの街をしっかり調べているという証左だ。
街の中心部に感じる魔族の反応とは距離を保ったまま、街の灯りに導かれるように歩を進める。
「まずは、そうね。折角ゴーシャに来たんだもの。コガレでも見て行きましょう」
コガレ。
昼が確保された王都近辺、治安も整備され人も建物も揃った大都市の裏では、ヒトガタの貸借サービスが行われていると聞く。
都市の大豪商が多数のヒトガタを労働力ではなく商品として買い上げて貸借し、その中でも特に「ある目的」のために貸借されるヒトガタが「コガレ」と呼ばれているらしい。
らしい、というのは、ミハルも実物を見たことがなく、どこかの村の村人から噂話としてしか聞いたことがないから。
なぜそんな些細な話を覚えているのかと言えば、そこはミハルも男で、ヒトガタに対して複雑な感情はあったがそういう方面への興味も消しきれずあったからだ。
「いらっしゃいませ! どういった出会いをご希望ですか?」
ゴーシャの街並と同じく、底抜けに明るい声で店員が二人を迎える。
ランドリューは慣れた様子でカウンターの店員に近づき、「早くしなさいな」とミハルを呼び寄せる。
カウンターを埋めるのは無数の紙片。
年齢、体格、容姿の特徴、病歴、特殊技能などが書かれたそれは、まるで定食屋のメニューのように規則的に並べられている。
身の毛のよだつ光景だった。こんな気軽さで、奪われた人生が並べられている。
頭をよぎるのはマルカの姿。形は違えど、ここに並ぶコガレのほとんどは、いつかの昨日までただの人だったはずだ。
「アナタ、真剣に悩みすぎよ」
ぽん、と羽根扇で頭が叩かれる。
振り向けば、ランドリューが冷ややかな、だがしっかりとした目でミハルの目を見つめていた。
「そんな顔して、店の方が驚いているでしょう。
ごめんなさいね、私がコガレを借りてやると言ったらご覧の有様で」
「いえいえ、そういう人もいらっしゃいますので!」
「ミーテル、ミーテル。アナタもう品書きを見るのはやめなさい。
私が選んであげるわ。それでいいわね」
「……」
声を出さずに首肯する。この距離で声を聞かれれば店員に不審に思われかねないからだ。
ランドリューは艷やかな唇に指を当て、幾つもの紙を見比べた後で。
「これにしますわ」
「お客様、お目が高いですね! そのコガレは先日入荷したばかりで!」
「あらそうなの。いい借り物になりそうだわ」
羽根扇を広げ、口元を隠しながら優雅に笑う。身振りの端々から感じる高貴さはマルカ以上に堂に入っている。
支払いを行い、店員から部屋の鍵と鈴(リウミのヒトガタ屋が使っていたものと似ている)を預かって、ランドリューは踵を返した。
「さあ行くわよミーテル」
「……」
「お辞儀」
苛立ったような声に促され、振り向いて深々とお辞儀をする。
意図せずだが、場馴れしたお嬢と初の色街で浮かれ上がっている少女というのを演出出来たかもしれない。
にこやかな顔のまま手を振る店員を背に店内をあるき出す。階段、階段、そして廊下だ。
「これからどうするんです、ランお嬢様」
周囲に反応がない踊り場で始めて声を発する。
一応、聞かれてもいいように役柄に沿って喋り方も整えたが、これでいいかはわからない。
「アナタは少しコガレと遊んでなさい。
私は観光してくるわ。この街で女に襲いかかる野蛮な狼なんて居ないでしょうし」
街の下見に出る、ということだろう。
作戦とは異なりミハルをコガレと同席させるのは、きっと理由があってのこと。
そしてその理由に、心当たりは強くある。
「貸し出しが終わる頃にまた店の前に来るわ。そこで合流しましょう」
「了解です」
鍵と鈴を受け取り、ミハル一人で部屋の中に入る。
部屋は狭く、外とは異なり薄暗さを保つ程度の明かりが灯されている。
部屋の真ん中に置かれた、大きすぎるベッドには、予め人が一人寝ている。
店員の説明通りなら、ランドリューが借り受けたコガレということになる。
「……」
大きく息を吐く。
薄々勘付いてはいた。
女ばかりの街のコガレは、普通の大都市のコガレと同じなわけがない。
ここで貸借されているのは、男性のコガレ。
ならば、ランドリューが手配しミハルに会わせるコガレとは、彼しか居ない。
元雷鳴義勇軍団長、雷槍ニイル。
眠らされたままの横顔は、最後に見た時より、幾分薄汚れて……輝きを失っているように見えた。




