女装の意味
作戦は単純極まりない。
初日は街を歩き回り身分証の在り処を探す。御館の手によって候補が既に絞ってあるためそう時間はかからないらしい。
二日目の夜に行動開始。ミハルは退路を確保した状態でゴーシャにある「大闘技場」の屋上に備えられた大警鐘を鳴らして街から逃走。
街がざわめきだち警備が大闘技場に集中した瞬間にランドリューが本当の狙いである身分証の窃盗を行う。
盗み次第ランドリューも逃走し、ミハルと合流。これで三日目。
ぴったり三日で終わらせる。問題は、ランドリューが本当に合流できるか、合流してくれるかくらいだが。
「なんなら、拙者の装備はある程度ここに隠していくでござる。
拙者が戻らねば、これを持って行ってくれればよいでござる。地図もほら、この通り」
ランドリューから渡された地図は、確かにこのゴーシャ近隣からズレイゴスまでが収められたものだった。
これの周りに罠を仕掛けて隠しておけば、しばらくの無事は確保できる。
「もっとも、こうしておくと、一日目の時点でミハル殿がこれを回収して行ってしまうこともあるかもしれんが……
言い始めればきりがない話でござる。そうなれば拙者が計画を変えるのみでござるよ」
お互いがお互いを疑い始めればきりがないのはそのとおりだ。
ミハルもこれ以上とやかく言わない。あとはもう、運の行方は精霊に任せる。
「いざ参るか」
「ああ」
しばらく歩けば街の外観が見えてくる。
遠くからなら白くぼんやりと空を照らすだけだった精霊灯はぎんぎら輝き真昼の日とは程遠い醜さだった。
「さてミハル殿、ここでついに拙者達の女装した理由の発表でござる」
「ランドリューの趣味」
「まさかまさか。この街は女性が絶対の街。この街に居る男性ほぼほぼヒトガタ、あるいはコガレでござる。
男性であるとバレれば被る不利益も多かろう。木を隠すなら森、人を隠すなら人。これぞ、忍流でござる」
どういう仕組みかは知らないが、そういう仕組みになっていたらしい。
ランドリューは「火遊びが過ぎる妙齢の令嬢」、ミハルは「ゴーシャまでのお供である腕っこきの弓兵」を意識したらしい。
その設定のおかげで、ミハルは出来る限り動きやすく、露出も少なく、弓矢も変わらず持てている。
胸に詰め物を入れたり尻に詰め物を入れたり下着を工夫したりしているが、ランドリューと同じ格好でないのはきっと救いだ。
「これ以降、全ての会話はその設定に合わせて行います。よろしいですわね?」
パタンと羽根扇を畳むのはランドリュー。そのはずなのに、先程の「うふーん可愛いでござろう」とは異なり見事な「令嬢」になりきっている。
「ええ、勿論。ランお嬢様」
「アナタ、必要以上に喋らないようになさい。声が野太すぎるわ。まったく、品がない」
「……了解」
「はぁ……冴えない奴。どうしてこんなのと私が旅なんか」
「……お前さ、実は楽しんでる? っていうかお前マルカ意識してんだろ」
「そんなわけないでしょう。行くわよこの愚図! 愚図ミーテル!! ワタクシ怒りまくりですわ!! ねえユイ様!?」
「やっぱそうだろ」
「さぁ、ここから仕切り直し。行きますわよー」
羽根扇をぶんぶんと振りながら歩いていくランドリューことランお嬢、その後を追うミハルこと弓兵ミーテル。
街の門は、どぎつい明かりに照らされながら開けられたままだ。まるで巨大な魔物が口を広げて獲物を待っているようにすら見える。
「楽しみましょう、ミーテル」
「……ええ、ランお嬢様」
あまり見てくれは良くないが、変装した二人が巨大な闇の巣窟に潜り込む。
日の当たらぬ輝かしい街で、影に潜む三日間が始まった。
『馬鹿なのか?』
胸のうちから響く、ヒトならざる声。
客観的な意見はやめてほしい。




