街へ行く前に
見張りを代わり、夜の森中でぐっすりと眠り、ある程度の時間が経った。
魔族の支配下である闇の下では夜が明けないので、体感時間で休息と活動を切り替える。
ランドリューが目覚め、ミハルが目覚めたということは、丁度一夜を越した程度の時間だろう。
それから罠を回収し、ランドリューを頼りに街に向けて移動を開始。
地図に従い川の傍を走りながら、敵を避け、必要に応じて魔獣を狩り、罠に使えるものも都度拾い、ある程度走ったら野営を組む。
そうこうしながら駆け続け、どれほどの時間がたった頃か。
地平線の向こうがぼんやりと白んで見えるようになってきた。
「あれが、拙者の目的地、ゴーシャでござる」
「凄い明るい街だな」
「特殊な街でござってな。精霊を捕らえまくって、夜でもあの通りでござる」
精霊教会の定めた精霊所持量の上限というものがある。
人体への悪影響や超力兵器としての利用などの恐れがあるため、これを破れば相応の罪を科せられることになる。
街単位の所持上限を遥かに超えたあの見た目は、冒険者ならばひと目で「関わってはいけない」と察するものだ。
悪を取り締まるものはおらず、悪を正すものもおらず、街ぐるみで悪を是としている。
更に言えば、ミハルにだけ感じられる「悪」の脈動がある。
ごくりと喉が鳴る。これを見てしまったら、少々気の持ちようを変えなければならない。
「さあ、準備でござるよミハル殿」
言葉と同時にバッとランドリューが忍び装束を脱ぎ捨てる。
何事か、と目を見張ると、次の瞬間そこに立っていたのは、見目麗しい女性だった。
「……ランドリュー?」
「うむ」
声まで変わっている。
ぼんやりのほほんとした男性の声だったはずが、今は鈴を転がすような女性の声だ。
目を白黒とさせていると、ランドリューだった女性はけらけらと笑い、言った。
「まさか敵地をアレで歩くわけにはいくまいて!
ミハル殿ぉ! 拙者は……オホン! 私は、そこまで馬鹿ではないのことよ!」
言われれば納得できるが、あまりにもな変貌っぷりだ。
身長はひょろりと縦に長いランドリューのままだが、髪は長く、顔は美しく、肉付きよく、体格まで変わって見える。
服装だって、森の中をあるくものとは思えない、飾りの多い長袖の上着に可憐な花のように広がったスカート姿に変わっている。
「うふーん! 可愛いでござろう?」
にやりと笑う目元は確かにランドリューのものだった。
頭の処理が追いつかないが、一旦理屈は考えずに受け入れることにした。
腹に口がついている人間に比べれば、一瞬で女装できる忍者はまったくおかしくはない。
「さあ、拙者の準備はこれまで。次はミハル殿でござる!」
胸の間から何かを取り出し、ランドリューがミハルの首に手を回す。
急に近づいてきた慣れない美貌にひっと一回息を呑む。漂う香りまで甘く爽やかだ。ミハルは今までですら忍者を甘く見ていたと認識を新たにした。
新たな舞台に一歩を踏み出したミハルをよそに、ランドリューは手際よくミハルの体に工夫を施す。
「何を」
「まあまあ、まあまあまあ!」
気付いたときにはミハルも服装が変わっていた。こんな練技があるのか。
声はそのままだが、髪はかつらで長さを増し、うっすらだが皮膚に感じる違和感は化粧だろう。
まさか、ミハルも女装させられたのか。
「……なんだこれ、なんだこれ!?」
「こうしておかねば厄介故な」
「厄介って……」
「街に入れば分かることでござる。それより、もうひとつ」
シ、と一言。細く長い人差し指がミハルの口に添えられる。
「ミハル殿も、気付いているんでござろう?」
そこばかりはランドリューのままな瞳が、白く照らされた夜空……ゴーシャの方角を見る。
そうか。ランドリューならば、ミハルと同じく「あれ」を感じられる。
「魔族、か?」
「ご名答。あの街は、魔族が裏で糸を引く街でござる」
ぴりりと感じる魔族の気配。強さはトウトよりもやや劣るが、二体潜んでいる。
傭兵忍者ランドリューが助っ人を求めるほどの使令。その意味がよくわかった。
「とはいえ、魔族とやりあうつもりはないでんでござるわ。
拙者は闇に潜み身分証を盗み出す。ミハル殿は潜入と逃走の手引を行う。拙者が抜け出した時点で街を立つ。簡単でござろう?」
言うは易し、とはこのことだ。
だが、それをやってのけるだけの実力をランドリューは持っている。
そして、ミハルを助っ人として欲したのも、最大限事を構えないようにという目的にミハルの能力が合致したからであり、ランドリューはミハルの能力をそれだけかっているということでもあるのだろう。
「ここまで来て、街によらずに逃げるでござるか?」
「……それも、ありかなぁ」
「そんなつれないこと言わんでほしいでござる。
拙者もうミハル殿を組み込んで作戦立ててるんでござるよ」
「……」
「しゃあねえでござる。この際作戦についても語るでござるよ。
全部話すので、それを聞いてから決めて欲しいでござる」
木の枝の上で男らしくあぐらをかいて座るランドリュー、頼むから自分の格好を見直して行動してほしい。
目のやり場を無理やりランドリューの顔を見据えると、ランドリューはにやりと笑って、作戦の全貌を語りだした。




