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夜にはくだらない話を

索敵能力を持つ二人が揃えば、夜を越すのは随分楽になる。

ランドリューの装備とそのへんにあったものを活用し、周囲は魔獣や魔物では近寄ることすら出来ない罠の山を築いた。

始めて一緒に野営を組んだ時、「ミカドの至宝を守るでもこんな罠飾らんでござろうよ」と笑っていたのも久しい話だ。

罠の砦に二人。それぞれ広域自動索敵能力持ちに中域任意索敵兼中近距離戦闘能力持ち。

言ってしまえば、この野営地は闇の中でも枕を高くして眠れる数少ない場所だ。


道案内も行う都合上、先にランドリューが休み、ミハルが火の番と索敵を行っている。

一人の番は久々だが、ユイの安全と魔族への警戒しかなかった昔と違って、今は随分色々なことに気を揉んでいる。

ガルグとムーシャは帰らぬミハルになにか不安を抱いていないだろうか。

目覚めたユイにはなんと説明してくれたのか。

ルセニアにはマルカが届いていたはずだが、彼女はどうなっていただろう。

コマチとニイルはこの先の街に居る。どう出会い、なんと話すべきか。勇者団を抜けた二人になにがあったのか。勇者団に誘うべきか否か。

残ったレジィはどうなったんだろう。彼女はそもそも普通の村娘だった。マルカ以上に危うい境遇にあるかもしれない。

サバラは……ミハルに良くしてくれていた。可能なら、彼が信仰する精霊の神のもとへたどり着けるよう、埋葬してあげたい。


『また星を見ているのか』


頭の中でまとまらず消えることもない思考を巡らせていると、頭の中に声が響いた。

しばらくぶりにバルテロが、その存在を明らかにした。

もう特に驚くこともない。散らばる思考が一つ増えたくらいの感覚だ。


「考え事だ」

『何を考えていた』

「色々だよ、色々」

『答えろ』


薄々気付いていたが、ミハルの体内に潜り込んでいるだけで思考を読んだり記憶を覗いたりということは出来ないらしい。

安心すべきか。面倒が多いと辟易するべきか。


「……この先の街に仲間が居るんだ。どうやって勇者様の仲間に戻ってもらうかなって」

『仲間か』


頭の奥が揺れる感覚。なんだろうと思ったが、どうやらバルテロが笑っているようだ。


『ヒト、アレは貴様の仲間か』

「ランドリューか? そうだな。俺と、勇者様の仲間だ」

ぐら、ぐら、頭の奥が揺れる。なんだか不快なので笑わないでほしいが、相手は魔族、そこはぐっとこらえておいた。


「なに笑ってんだ」

『あんなものが仲間か』

「あんなものって、ランドリューはああ見えても俺より強いぞ」

『だろうな』


だろうな。たった四文字に、様々な意味が篭められているように感じた。


「そういえばバルテロ、もしかしてお前の声って他人にも聞こえるのか?」

『そんなわけがあるか』

「じゃあなんでランドリューが来てから黙ったんだ?』

『貴様には関係のないことだ。

 それよりヒト、お前の仲間とはどのような者たちだ』

「教えない」

『話せ』

「教えないって」

『話せ』

「……」

『早く話せ。どうした』

「……人間だったよ」

『貴様、我を愚弄する気か』


こちらには心の内を隠しつつ、こちらには尋ね続ける。

常々思っていたが、魔族は自分勝手で図々しい。そしてこちらの意見は都合のいい時しか聞かない。

魔王もそうだったし、厳密には魔族ではなくなったムーシャもそうなのだから、これは筋金入りのことなのだろう。


「じゃあ、こうしよう。お前が魔族のことを話せば、その対価としてこっちも仲間のことを話す」

『何故我が話す必要がある』

「こっちの情報を一方的に知ろうってのは虫が良すぎるだろ。

 剣と瞳、あと血だっけ。そいつらについて教えてくれるなら話すよ、こっちも三人分」


流石の魔王の影もしばし黙り込んだ。

本来ならばこんな交渉は行うだけ命を危機に晒すようなものだが、現在のバルテロには魔王の使令により危害を禁じられている。

力任せが出来ないことを逆手に取ったやり取りだが、このままぺらぺら喋るよりは不平を買っても黙っておいたほうが良い。

この先ミハルに「もし」があってバルテロを世に放ってしまった時、魔王に教えた「勇者ユイという逸話」以上の情報が渡っていれば不都合もあろう。


『……あれはなんだ』


バルテロは沈黙を続け、不意に別の話題を切り出した。

根掘り葉掘り聞き出すことを諦めたようだ。

代わりに、再び以前と同じく「あれはなんだ」が始まった。


「星」

『星は何故光る。あれは、昼に顔を出す太陽と同じ光なのか』

「知らないよ。

 サバラ……俺の知り合いの精霊教徒はあれを、空の向こうにいる火霊で、精霊神様の現身って呼んでたけど」

『あんなに小さい光が神とは、この地の神は死につつあるらしいな』

「あくまで精霊教徒の中での話だよ。

 俺の母さんは、太陽を作った誰かが太陽の失敗作を砕いて、太陽に見えない場所に隠したんだって言ってた」

『だとすれば太陽の欠片というのが真実か』

「いや、たぶんそっちも作り話だよ」

『我を謀ったのか、貴様』

「違うよ。誰も知らないから、『こうだったらいいのにな』って考えて話すんだよ」


不意に、昔のことを思い出した。ユイがまだ幼く、闇を二人で眺めていたときのことだ。

ユイも昔、星についてを尋ねてきたことがあった。

母の語った星の成り立ちの話をすると、その続きを聞いてきたのだ。どうして作るのに失敗したのかとか、どんな人が作ったのかとか、その人は今何をしているのかとか。

「なんで」と聞きミハルが答えればまた「なんで」を続ける、丁度バルテロに似ている。


『何がおかしい』

「なんでもない」

『言え』

「……いや、なんだ、昔のことを思い出してただけだ。昔、星の話を聞いた知り合いがな、ぽつりと、可哀想だって言ったのを思い出してさ」

『……』

「……バルテロ?」

『どうした、続けろ』


バルテロと幼子を重ねたことを隠しつつ、くだらない話を続けていく。

こんな状況で、場違いな感覚だろうが、思い出という宝箱を久々に開けたような、少しだけ穏やかな気持ちになった。


「……その子が言うには、太陽はひとりぼっちだから、星を探して沈んでいくのかもしれないって。

 空に太陽が二つあれば、夜も来なかったかもしれないって」

『そんなわけがない。太陽に意志などない』

「だったらなんで太陽は沈むんだよ」

『我に問うな。貴様で考えろ』

「星が動くのも一緒だ。星は太陽に会いたくて沈むんだ。

 時間は一緒でも日によって見える星の場所が違うのは星同士がなんとかくっつこうとしてるからで、動かない星は昔太陽の失敗作だった時の心臓で……」


人間と魔族、一人と一体が夜空を見上げて自問自答のように語らう。

くだらない話は、ランドリューが目を覚ますまで続いた。

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