森での出会い
火霊なし。水霊なし。霊素粉なし。火薬なし。縄なし。
弓と数本の矢。調合花粉少々に毒と薬も少々。ミズゴショウがいくつか。音罠用の素材はある。
あとは、落とし穴用の掘進篭手に、罠製作用の短刀に、布がいくつか。
この装備では、食料用の魔獣すら狩れずに餓死しかねない。
周囲に川があったことを思い出し、魔物や魔獣に気取られないよう気配を消して木の上を跳び伝う。
道中で木に絡んでいた蔦を数本、適当な長さで回収しつつ、川の傍まで辿り着く。
川傍は随分開けていて、身を晒せば周囲から丸見えになってしまうような地形だった。
これで最低限飲み水の確保は行える。可能ならば魚型の魔獣を狩って食料にしたいが、火を起こす道具がなければ手に入れても調理ができない。
どこかに火霊窟でもあればいいのだが、水場の近くにはないだろう。
「さて、どっちに行くか」
川の上流と下流をそれぞれ眺める。水場を辿れば人の居住区にたどり着けると聞いたことがある。
どちらかに歩いて森を抜け、町や村を探すのがひとまずの方針だ。
空を見上げる。
今は本当の夜なのだろう。闇の向こうに薄い光が見えた。
闇の薄い地域ならば星の形を頼りに方角を知れただろうが、それも出来ない。
『どこを見ている』
視界を共有しているバルテロが、最早当然のようにミハルの脳内に直接尋ねてくる。
「星だ」
『貴様には星が見えるのか』
「ぼんやりと」
『ぼんやりと見える星に何の意味がある』
「なんにもならないってことが分かった」
『何故そんな無意味なことをする』
「……」
『答えろ』
バルテロは、思った以上に周囲のことについてを尋ねてくる。
装備を確認している時も、蔦を回収している時も、移動の間も結構な頻度でこちらに語りかけてきた。
魔王が言った「世界を見てこい」という言葉を使令と受け取って、懸命に情報収集を行っているのだろうか。
なんというか、頭でっかちな奴だ。
「無意味だって分かったのが大切なんだよ」
『下らん。結局は無意味な行いではないか』
「そうだな」
話せば話すだけ次々に語りかけられるため、ミハルも最初より随分聞き流すようになってきた。
魔王に対する不敬とは対象的に、バルテロ自身に対するぞんざいな扱いは(魔王の言葉が抑止力となっているかもしれないが)見逃されている。
これで危険性がなければ、いい旅の道連れなのだろうが。
装備もなく山に踏み込む危険性を考慮して下流を目指してしばらく歩いていると、索敵ではなく空間知覚に反応があった。
あまりの意外さに一度息を飲む。
この森の中に人がいる、というわけではない。
その人物の正体について、ミハルに覚えがあったからだ。
索敵と空間知覚を切り替えながらその人物目掛けて駆ける。
こちらの接近に近づいたその人物は、少々立ち止まったあとで、ミハルに合わせるようにこちらに向けて駆け出した。
木々をすり抜け、枝を飛び越え、駆けに駆け、そして。
「ランドリュー!」
「おお! やはりミハル殿でござったか!」
目だけを出した黒い忍び装束。傭兵忍者ランドリューが、ミハルと同じように枝の上に立っていた。
どことも分からぬ場所、いつまで続くかもわからない中で出会えた知り合い。
しかも、行方が気にかかっていた者たちの一人。
言葉にならない感情が、それでも口から溢れそうになる。
それをぐっとこらえ、できるだけ平静を装い、問いかける。
「どうして、ここに?」
「ミハル殿こそ、こんなところまで一人旅でござるか?」
「俺は、色々あって」
「拙者もまあ色々ござって」
お互いに相手のことが気になって話が進まない。
少々の問答の末、ひとまず野営を組んで現状を話し合おうということになった。
ランドリューと話す間、あれだけあれこれを尋ねていたバルテロが静かなのは少し気になったが、そんな疑問も、再会の前には霞んでしまった。




