迷子
ミハルが目を覚ましたのは、近づく何かを感じ取ったからだ。
索敵能力に何かが引っかかり、ミハルの脳内に警鐘をかき鳴らし。
反射的に意識が覚醒し、身構えさせた。
「……ここ、どこだ?」
身構えた姿勢のまま周囲を確認する。
闇の胎内から脱したのは理解できる。空があり、大地があり、周囲には草木が生い茂っているからだ。
だが、見慣れた場所ではない。
生い茂る植物に見覚えのないものが混じっている。
空間知覚を広げてみれば、覚えのない川などの存在も感じ取れた。
どうやら、闇の胎内を出る際にどこか別のところに飛ばされたらしい。
汗が吹き出す。
ひとまず索敵にかかった存在から逃れるために木を駆け上り空を見渡すが、八方どこを見ても黒々とした闇が広がっている。
ルセニア近隣ではないことが確定した。
寝起き早々に窮地だ。
この闇の時代に、地理の分からぬ森の中、闇の下に放り込まれたら、いかなミハルでも目的地・ルセニアには辿り着けない。
「お前の、仕業か?」
自分の胸に問いかける。
闇の胎内への出入り口を開けていたのはバルテロと呼ばれていた魔族だ。
彼がミハルを胎内から出す際に、別の場所に導いたとしか考えられない。
自問するようにつぶやいた言葉だったが、意外なことに返事が会った。
『そうだ』
「……」
『……』
「……お、お前……バルテロ、か?」
『なんだ』
「いや、なんだ……なんか、普通に喋るんだなって」
『当然だ』
頭の内に響くその声は、闇の胎内で何度か聞いたバルテロのものに他ならない。
案外普通に会話を行ってくれている。
「でも、魔王は眠り続けるって」
『比喩だ』
「そ、そうなのか」
『貴様が膝を折ればその瞬間に体を奪うよう使令を受けている。
眠りにつくわけがなかろう。少しは考えろ、ヒト』
「お、おう」
しかも、案外饒舌だった。あの場では魔王に敬意を払い黙っていた、のかもしれない。
会話の内容やその存在自体は剣呑極まりないが、不明な情報が少し整理されたことで少し気持ちが落ち着いた。
木の枝に腰掛け、やることを整理する。
まずはきらきら玉による情報伝達。身の危険はないが即時の帰還が望めない場合は渡してある二つのうちの片方の練技を解くことになっている。
意識一つ。ムーシャが持っている方の輝きを消した。これで「魔王との接触は終わった」ことも伝わる。
次にやることは現在地の把握だが。
「ここ、どこだよ」
周囲には明かりの気配もない。
進路を間違えば闇の奥へと歩いていってしまい、ユイ達との再会を果たせずに力尽きてしまうかもしれない。
そうなれば、魔王の宣言通りならばバルテロが暴れだす。
そこまで考えて、バルテロはここにミハルを放り出した、ということか。
バルテロは魔王と違い人間に対して求めるところがない。魔王に与えられた使命への最短距離をひた走るつもりだ。
どうにかしなければ。
装備の補充を依頼したまま飛び出してきたので、鞄はすかすかなままだ。
とりあえずは、役に立ちそうなものを探し出し、ついでにいくつか罠もしかけておくか。




