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また会う日まで

「なんでミハルさんが?」

「ムーシャじゃ無事に着けるかも怪しいし、無事に着けたとしても帰ってこれないだろうし」

「おぉっとぉ? そういう実際に私がやらかしそうな理由からですか?

 私もっと素晴らしい、仲間とか絆とかそういう言葉が聞けるものだとばかり思っていましたよ」


今魔王の接近を知っているのはここに居る三人。

そのうち、ガルグには索敵能力がない。ムーシャは出自を知られれば粛清される可能性がある。

そして、どちらも長距離離れた場合帰ってこれる保証がない。


「三人揃って出迎えってんじゃ駄目なのか」

「三人だったら心強いんだろうけど……それでも、こればっかりは、俺一人の方がいい」


行軍速度。ミハルが一人で全力で駆けるのが、一番速く魔王と出会える。

合わせて情報伝達速度。ミハルのみが「きらきら玉」を用いて何事かあった際に遠く離れた仲間たちに危機を伝えることが出来る。

ミハルに何事かあったとしても、他の対応策を考えるだけの時間が長く取れる。

特に意外と冷静で頭の回るガルグが居るか居ないかでは、対応策についても大きく変わってくるだろう。

三人まとめて共倒れより随分ましな未来が広がっているはずだ。


そして何より、役割分担。

ユイが倒れている間、ミハルたち三人のうち直接戦闘能力を持っているのはガルグだけ。

回復役のムーシャが居れば、ユイの復活を早めることだって出来る。

それに、ムーシャは今後ユイが魔族と戦う上で、最も重要になるかも知れない人物だ。

ミハルは斥候兵だ。こういう時に様子見に行くことこそ、本懐というやつだろう。


考えれば考えるほどミハル以外にはありえない。


「お前はそういうやつだったな、そういや」


ガルグが髪を掻き毟りながら呟く。緋色の髪が燻る炎のように揺らめいた。


「そうなんですか?」

「町のためにオレを見に来て、仲間のために人攫いを見に行って、ユイのために魔族を見に行く。本ッ当、ワリに合わんことばっかしたがる。

 周りを見るばっかりで、自分のことはまったく見えてない。

 お前はオレの仲間なんだぞ。捨て駒でも斥候兵でもない、仲間なんだ。そこんとこ分かってんのか」


脱力したようにベッドに腰掛け、俯いて語る。ガルグの表情は見えない。

豪快さがなくしゃらりと揺れる髪と、斬り裂くような勢いを失ったぼやくような言葉。

垣間見えたのは、きっと、ガルグの葛藤なのだろう。


「分かってるよ。でも」

「でもなんだ。ムーシャを守るためか、オレを守るためか、ユイや親父たちや町の奴らを守るためか。

 そりゃあお前はそれでいいかもしれん。お前はそういう奴なんだから、そうすりゃ幸せなんだろう。

 そうすることが一番利口だってのもわかる。お前が行けば変わる未来もあるさ。

 でもな、ミハルが居なくなったら、この三人で旅が出来ない。オレは、それが、もう無茶苦茶に、嫌なんだよ」


ガルグが顔を上げる。怒気も悲嘆もなく、ただまっすぐな目だけが、ミハルを見つめていた。

それは、変わらずガルグの本心だった。

彼女は楽しく旅をしていた。そして、楽しく旅をしていたい。


「この際だから言うが、お前を仲間に誘った時のことも安請け合いだったって後悔してる。

 だって、最前線に居た勇者が仲間ほっぽりだしてミハルを探し始めて、しかも手紙やなんやで本気で探すなんて思わないだろ。

 約束だけで、結局、一緒に旅していけるだろ、なんて、思ってた。

 トウト倒した後なんかも、合流できなきゃいいのに、なんて……言いはしなかったが、思ってた」


ミハルに居てほしい。ムーシャに居てほしい。誰にも縛られず、三人で旅を続けたい。

ユイとの合流が相成って、ミハルの行方がぶれ、つられるようにムーシャの行方もぶれた。

ガルグにとって、勇者ユイは特別でもなんでもない、ただの勇者。彼女から見れば、旅の行方を勝手に決める、嫌気が差した山賊団とそう変わらない存在でしかない。

ミハルとムーシャを失うか、再び不自由の枷に繋がれるか。

なんとなく察していたガルグの心が、夜に紛れて顕にされる。ムーシャも、いつになく真面目に聞いていた。


「ミハルも、ムーシャも、オレの仲間で、お気に入りで、大切で、そんな二人と一緒に旅がしたい。

 魔王がユイを狙って来てるってんなら、ユイを置いて三人で逃げたいくらいさ」


言葉ほどその表情は冷ややかではない。達観、とでも評するべきだろうか。


「これはオレのわがままだ。そんくらいはオレだって分かってる。

 オレが逃げるっつって、ムーシャは分からんがミハルは逃げない。オレが行くなっつっても、お前はそれでも行くって言う。

 話し始めれば堂々巡りだ。ったく、世の中ってのは本当にままならないねぇ!」


大きく息を吐き、口元を緩めて笑った。


「おいミハル。オレがなんでこんな話までしたか分かるか」

「……行っていい、ってことか」

「違う。『帰ってこいよ』ってことだ。

 お前が帰ってきたら、オレはわがまま言う必要がなくなる。

 無事にミハルが帰ってきて、そっから三人で……いや、『四人』で、また旅が出来れば、オレはそれでいい」


ガルグは選んだ。そして託し、背を押した。

緋色の髪がふわりと広がり、ミハルの心にも髪色同様の火が灯る。熱が伝わり、心が燃える。

「ミハルが適任だから」ではない。斥候兵だからでも、もちろん捨て駒としてでもない。

帰ってきて、三人とまた会うために。

また、皆で旅をするために。

ミハルは魔王に会いに行く。


「いいんですか、ガルグさん。ユイさんの手下ってことで」

「親父の恩もある。しばらくだ、しばらく!

 つーか、ヨミを倒したの実質オレだからな。オレが団長になってもおかしくない」

「いや、暁の勇者団で暁の勇者が下っ端なのはまずいだろ……」

「おいおいミハル、ギルゲンゲ山賊団だって一時期ギルゲンゲが下っ端だったろ? 世の中な、そういうこともある!」

「団長云々より、まずユイさんが同行を許すかどうかですよね」

「こんにゃろ、いらんことをもちもち言いやがって」

「いまのはもちもちではなくねちねちです。ふふふ、私、ヨミさんの邪悪の影響でワル賢くなっちゃってますね!」

「ガルグ、俺が行ってる間にムーシャの悪を絞り出しといてくれ」

「ん」

「おおっとぉ? 私絞ってもよだれしか出ませんが?」


ミハルが装備を整える間も、変わりない。

ミハルはミハルで、ガルグはガルグで、ムーシャはムーシャ。

くだらない話と、他愛ない話と。

掛け合い、語らい、ともに笑い。

三人旅の終わりまで、いつもどおりが続いて。


「帰ってこいよ、ミハル。

 帰ってこなかったら、地の果てまででも探しにいって殴り倒すからな」

「ミハルさんの手が恋しくなる前に帰ってきてもらえると助かります。

 あ、あと、魔王様によろしくと、お土産もできれば」


いつもどおりにしてももっとマシな送り出しはないのか、と思わないこともないが。

これくらいが、ミハルたちには丁度いい別れだ。


「分かったよ。じゃあ、またな」

「はい! また後日!」

「おう。待ってるぞ」


また会う日までと約束を交わし、ミハルは一人、夜の闇に向けて駆け出した。

いつまでも、いつまでも、振り向くことはせず。

いつまでも、いつまでも、ただひたすらに前に向かって。

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