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カウントダウンは唐突に


異変は突然訪れた。

夜深く、考え事をしながらぼんやりと星を眺めていたミハルの体中から、冷や汗が吹き出した。

一瞬だった。一瞬で悪寒が体中を駆け回り、ミハルの思考を臨戦態勢まで引き上げた。

ミハルの広域索敵にも限りはある。範囲を超えればそこから先に潜むものを感じ取ることは出来ない。

だが、ミハルが今感じた「それ」は、ミハルの索敵範囲を大きく離れた場所に居る。

そして、それだけ距離があるにも関わらず、恐るべき「敵意」の強さを感じる。

ただものではない。

ヨミすら遥かに凌ぐ「敵」が、遠方からゆるゆると、ルセニア目掛けて飛来してきている。


ミハルの手を食んでいたムーシャが身を起こし、ミハルと同じ方向に顔を向ける。

そしてミハルの手をぷぇっと吐き出して窓を開け放って身を乗り出した。


「なんだ、あれ」

「魔王様ですね」


口にされる、その存在の名。

全く懸念しなかったわけではない。魔王は歴史上三度その姿を現し、その三度ともで勇者との交戦を行っている。

基準はわからない。だが、ユイが伏せっているこの瞬間を狙いすましたように来るとは思っていなかった。違う、目を逸らしていた。

魔王にとって、勇者ユイを倒すのに今以上のタイミングはないにもかかわらず、だ。


「ああ、違うと思いますよ。

 ただ単純に見に来たんだと思います。魔王様、そういうの大好きなので」

「そういうのって……」

「自分がいずれ戦う相手がどんな人なのかを見に行くのです。

 ほら、定食屋のメニューって、説明読んでどんな料理かなって考えるだけでわくわくするじゃないですか。あれです」


あれです、と言われても。

わからない。

魔王がわからない。

そんな雰囲気でひょいひょい勇者を見に来て、三回ともその場で殺して帰る。ミハルの理解の範疇を超えている。

だが、ムーシャは今まで、自分の身の上以外で嘘をついたことがない。これもきっと、真実のはずだ。

あまりにも異質なその思考こそが、魔の現れなのかもしれない。


「なんだ、なんかあったか」


ガルグが身を起こし、のそりのそりとミハルたちのもとへ寄ってくる。

現状を話すと、ガルグも流石に渋い顔をし、低い声で唸った。


「どうするよ……つって、どうしようもねえぞ、これは。

 オレたち三人、あとユイに親父か。それぞれ疲れたまんまで勝てるほど可愛い相手じゃないだろ、やっこさん」

「少なくとも、ヨミより強いっていうなら、無理だろうな」

「戦うのはおすすめできませんね。

 魔王様、だいぶおおらかですけど、襲ってくる相手だけは徹底的に全力でぎったんぎったんに捻り潰すたちですし」

「じゃあなんだ。ユイ置いて逃げるってか」

「それは……」

「言ってみただけだ。そんなことするくらいなら戦って負ける方を選ぶよ」


感じる力の強大さ、交戦が始まれば町どころか周囲一帯が無事では済まないだろうというほどの存在感。

真正面から立ち向かえば、これまでの勇者たち同様闇に骸を並べることになる。

ならば、どうやって魔王をやりすごすか。


「うーん……じゃあ、もうこれしかないですね」


ムーシャが意を決したように口を開く。


「私ちょっと魔王様に会ってほっといてくれって頼んできます」

「……は?」

「いやいやムーシャ、流石にそれは」

「それがたぶん一番いいんです。魔王様って基本的に好戦的ではないので。

 邪悪の活性具合からみても、今回は本当に新しい勇者見物程度でこっちに来てるっぽいじゃないですか。

 私なら魔王様の人となりもそれなりに知ってますし、元知り合いなので……そう悪いようにはされないでしょう」


珍しく思いつめた表情でムーシャが着替えだす。その表情から、ムーシャが一人で危ない橋を渡ろうとしていることが一目瞭然だ。

魔王側から見れば、魔人ムーシャ・モーシャはトウト討伐とヨミ討伐に手を貸した裏切り者だ。

魔族の知識を十分以上に有したムーシャを野に放っておくリスクも考えれば、ムーシャが無事帰ってこれる保証はない。

ヨミですらムーシャの正体に勘付いていた様子だった。生みの親たる魔王ともなれば、騙し通せる希望も薄い。


だったらどうする。

どうする?

決まっているじゃないか、そんなこと。

考えるまでもないことだ。

ムーシャを超える適材が、ここに居る。


「待ってくれ、ムーシャ」


いそいそ着替えを進めていたムーシャが振り返る。

何事か、言うべき言葉を探していたガルグも、同じくミハルに視線を注ぐ。


「俺が行ってくる。その方が、たぶん、いいはずだ」


風呂場で目を逸らした別れは、考えていたよりずっと目の前にあったようだ。

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