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今は三人並んで

「おお、案外広いな」

「ミハルさん、大丈夫ですかー?

 もし無理そうだったらいつでも外していいですからねー?」

「そっちは大丈夫だ」


ミハルが付けた条件は単純、ミハルが目隠しをするというものだ。

空間知覚の練技を用いれば、周囲の光景を見ずに風呂に入ることも出来る。

ガルグやムーシャ、そしてユイのあられもない姿を見る心配もなくなる。

ガルグにしろムーシャにしろ「そういった気持ち」はまるで無いようで、風呂に入ってからは普通に自分たちとユイの体を洗い、湯に身を溶かすように三人揃って湯船に浸かった。

ちょっと拍子抜けしながら、それでも不覚を晒さないよう隠しながら、ミハルも湯船に浸かる。

水浴びを除けばリウミ以来、実に十日以上ぶりの風呂だ。

体を包む湯の優しさは、睡魔に意識を渡してしまいそうになるくらい気持ちいい。


「しかし、まだ二十日くらいか? 随分色々あったよなあ」

「成り行きとはいえ、指を倒して、ヨミさんまで倒して……

 いやー、まさか私もヨミさんを食べることになるとは思いませんでしたよ」

「よく腹壊さないよな」

「私ほら、魔人ですので! 魔への耐性凄いので!」

「魔人……魔人だから、あの武器触ってもなんともないのか?」


ミハルの手は、未だに武器を握った時の名残でひりひりと痛む。

ムーシャに痛くないか尋ねても「そういうのないですねえ!」とぺかり輝く笑顔で答えただけだった。


「そうですね。あの武器に関しては相当量の邪悪が篭められてたので、逆に人間だから駄目なんでしょうね。

 ほら、ヨミさんなんてあれで刺されて逆に元気になってたでしょ? 邪悪ってつまりそういうものなんですよ」


ばしゃばしゃと水が揺れる音がする。空間のゆらぎから、ガルグがミハルの方へ近づいてきているのだと感知できた。

避けるかどうかを考えていたが、ほどほどの距離で止まったので、そのまま何もせず、隠す手だけはしっかりと置きなおした。


「結局よ、魔族ってなぁなんなんだ?」


ばしゃばしゃと水が揺れる音がする。今度はムーシャが動いている。ガルグとミハルの間に挟まるように移動する。

ただでさえ少し横幅のあるムーシャが挟まったせいで、ガルグが保った距離が一気に埋まって結局肌と肌が触れ合う結果になった。

ついでとばかりに手が口(下)に含まれた。ムーシャもまた、悪気もなにもなくその位置が良かったらしい。


「魔族は、魔王様の……子ども? みたいなもんですかね。

 魔王様が、自分の爪とか、自分の鱗とかに力を込めると、こう、ぽこっと生まれるんです」

「じゃあ、魔王の翼はあの翼で、魔王の十指は指か?」

「翼はそのまま翼ですけど、十指はちょっと強くなった爪ですね。爪がせこせこ邪悪を溜め続けると、破壊力の高い牙か、人数が増える指かに変わるんです」

「待て待て、こんがらがってきた。

 魔族ってのは結局どんくらいいるんだ?」

「あ、俺もそれ、気になる」

「人間ってそのへんも知らない感じですか! よく今まで戦えてましたね!」


再度水を掻き分ける音。ガルグがムーシャとは逆側に座り直したようだ。距離は先程より少し近い。気がするだけかもしれない。

移動はさておき、話は湯船に浮かべておくにはもったいない内容になってきた。


「魔族は、まぁ、爪や鱗、爪の派生の牙と十指はたくさん居ますよ。

 でも、数が居るってのはつまりまぁ、それだけ弱い力しか与えられてないってことです。

 生まれ方も、魔王様が爪切りしたら時々生まれる!お風呂で体洗ってたら時々生まれる!くらいの気軽さですし」


これほどまでに一生爪切りと風呂を我慢してほしいと他人に思ったのは生まれてはじめてだ。

そんな気軽さで生まれられたら、いつまでたっても魔族が減らない。


「強い力を持ってるのはだいたいそれ以外の部位ですねえ」

「翼がそうか」

「はい。翼ですとか、杖ですとか、瞳ですとか、剣ですとか。血とか、影とかも居ましたか。

 ああ、でも、拳と息吹は別です。指が更に強くなったのが拳で、牙が更に強くなったのが息吹なので」


聞いたことのある単語の中に聞いたことのない単語が混ざりだす。

魔王の杖、魔王の拳、魔王の息吹は過去の勇者が討伐済み。翼は先程倒したばかり。

確認できるだけでも「瞳」「剣」「血」「影」、そしてそれら全ての生みの親たる「魔王」が残っている。

それら全てを倒すとなると、気の遠くなる話だ。


「ちなみに、その中じゃ翼はどのくらい強いんだ?」

「うーん、そうですね……影は番外として、剣、瞳、杖、血、翼、の順で、一番下ですかね」


聞きたくなかった話まで浮かんでくる。

翼より確実に強い存在があと三体。ムーシャの知恵袋があるとはいえ、ヨミですら「枯れ果てる時の大河」のような抵抗すら難しい技を持っていた。

それ以上強い魔族となれば、勝ち目すら見えないかもしれない。

深くついたため息が湯を揺らす。

能力について聞くのはやめておいた。折角勝利を噛み締めていたのだ。今はまだ、次の戦いに絶望を抱きたくはない。


「ちなみにさ」

「はい?」

「ムーシャは元魔族って言ってたけど、魔王の何だったんだ?」

「待て待て、オレが当てる……牙だろ! 腹に口ついてるし!」

「……さあ、なんでしたかねえ。案外、魔王の虫歯菌かなにかだったんじゃないですか?

 たぶんよわよわのよわっちい魔族ですよ。爪より弱いやつ」

「なんだそりゃ」

「死因はきっと腹ぺこですね」

「「最善良」に倒されたって言ってたじゃん」


これについては、ムーシャの中ではまだ語りたくない話ということのようだ。

だから、深くは聞かず、のんびりと湯に流す。


「……ミハルよぉ」

「なんだ?」

「ユイがその、魔王を倒しに行くっつったら……お前はそっちについていくのか?」


沈黙が広がった。

ユイが求めれば、たぶんミハルはついていく。暁の勇者団のこともあるし、今聞いた事実もある。少しでも彼女の助けになりたいという気持ちは、間違いなくあるからだ。

だが、それがもし、二人との別離を意味するなら、立ち止まって考えてしまうミハルも確かに居る。

ガルグも、ムーシャも、短い間とは言え苦楽を共にした良い仲間だ。暁の勇者団のそれ以上に、二人への思い入れは既に強い。別れるのは、正直に辛い。


「だったらこれからは四人旅ですか。

 いいですねえ! 前衛が増えたら更に魔物がじゃんじゃん倒せてうまうまじゃないですか!!」


ミハルの流した沈黙の意味をどう受け取ったのか、いつもの感じでムーシャが口にした。

彼女はガルグの問いを「山の幸探検隊(仮)」全体の今後の方針の確認と取ったようだ。

その言葉を聞いて、ガルグがしばらく黙り込み、そしてぽつりと口にする。


「……勇者の手下、か」


それ以降、その話は続かなかった。

ムーシャが「旅先で食べた美味しかった魔物料理ランキング」を話し始めたからだ。

次第に湿った空気は晴れていき、旅の間と同じ、寄り添い笑い合う空気が湯船の上に広がっていった。

あの魔物を倒す時はどうだったとか、道端で拾った草花がどうだったとか。ミハルの料理とガルグの料理がどうだったとか。

トウトがどうとか、ヨミがどうとか。ミズゴショウがどうとか、水浴びがどうとか。

いずれ、この三人の関係に納得のいかない答えが出てしまうとしても。

この時だけは、三人は確かに同じ方向を向き、笑っていた。

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