昼夜の最前線で
ユイの体調が戻ってきている。
だが、目覚めるにはまだ至っていない。
「おうおう、誰かと思ったら、坊主じゃねえか!
ガルグが嫌になって帰ってきたかぁ?」
「いや、その」
「見て分かんねぇか糞親父、オレたちゃ今、魔族狩りに来てんだよ。山賊辞めてからこっち、やりたい放題だ」
「言いやがる。だがよ、まぁ、オメェのおかげで助かったのも確かだ。感謝してやるぞ、ハナタレぇ」
「偉そうに」
「そちらのつるぴかさんもお知り合いですか? 回復はもう少し待ってくださいね」
「いらん、親父なら唾つけときゃ治る」
「へぇー、凄い唾ですねぇ」
周囲の魔物が動けなくなったことで余裕を取り戻せた。
一応動けるムーシャを降ろし、気を失ったままのユイを背負う。伝わる熱と力が、いつもより穏やかな気がした。
「嬢ちゃんは無事かぁ?」
「無事ですよ、回復しましたので」
「おぉ、お前、変な腹してるがいいもちもちなのか」
「どうも、よいもちもちのムーシャ・モーシャです。よろしくおねがいします」
挨拶もそこそこに、ガルグが本題を切り出す。
「それで、こっからどうする?」
「ムーシャが話した内容が本当なら、「魔王の翼」を倒すのは賭けになるが」
ムーシャの語った「魔王の翼」ヨミの能力。
死者を魔物に変える能力の方は、積み上げられた人間の死体の数だけ魔物を増やせるというもの。
これだけの戦力を削った段階こそが、ヨミを倒す好機と言えるはずだ。
が、その他にも、もうひとつ。無視できない能力を持っている。
それを打ち破れるかどうかは、不確定要素が大きい。
どうする、退くか。答えを導く余裕は与えられない。
ミハルとムーシャがともに顔を上げ、身構える。
二人の様子から事態の変化を察したガルグが返ってきたブーメランと馴染みの大斧を構え、ギルゲンゲもまた何かを察したように大剣を持ち上げた。
「人間風情が、死に抗おうなどとは……小賢しい」
声とともに空が翳る。空では、昼と闇の境目が、ちょうどミハルたちの頭上にあった。
ぬかるんだ大地が、瞬く間に乾いていく。
否。大地に染み渡っていた水霊が一気に沈静化している。ムーシャの言葉を借りるなら、マナの動きが「死んで」いる。
歩み寄ってきた存在は、トウトのように局部のみが歪な魔の者ではない。
枯れ木のように高く細く節くれ立った身体。黒衣から覗くのは骨が剥き出し皮膚は爛れた「死」のような外見と、その上から無理やり「老い」を貼り付けたような不自然に皺が刻まれた顔。
携えた大鎌は身の丈と同じく細く長く、ぐねぐね歪み、はためく黒衣と合わせて、光に照らされては生きていけない闇の一筋を思わせた。
魔王の翼・ヨミ。大軍勢を率いルセニアを目指す、闇を広げる魔族が一。
ムーシャから事前に聞いていた通りの姿の魔族が、枯れた大地と、大地とともに乾き朽ちた動かぬ死体たちを踏み砕きながら侵攻してきた。
「生きるとは、死という完成への過程に過ぎない。
理解は要らぬ。ただ、ここで死ね」
ミハルが好機ではないかと感じたこの瞬間に軍勢の長自ら前線に出張るのを不用心と取るか、慢心と取るか。
ムーシャから聞いていなければ、トウトからの流れで「驕り高ぶり、人間を見下している」と思っていたかもしれない。
だが、彼の奥の手を聞いた今ならば分かる。
彼は今、殺しに来たのだ。確実に、徹底的に、闇に仇をなす光を。
大鎌が空を斬れば、不気味に宙を舞う黒衣の骸骨が数体生まれ落ちる。
魔王の翼の眷属。手に手に携えた鎌は、生みの親によく似ていた。
「山賊団の皆さん、村へ向かう死体の残党をお願いします!」
ギルゲンゲの子分たちが思い思いに返事を叫ぶ。武器を手に、足を失い這い回る死体達を潰していく。
「ガルグとギルゲンゲは魔王の翼とその眷属を!」
「あいよ!!」「おうさぁ!!」
一声、武器を手に手に敵の懐へ駆け出す。通り過ぎる瞬間に、既に眷属を斬り捨てている。普段のいがみ合いなど嘘のように、洗練された連撃を繰り出している。
「ムーシャ、ガルグたちの補佐を頼んだ!」
「お任せあれ!」
口(腹)を隠したムーシャが魔術師の杖を振り回す。その動きにたぶん意味はない。
それぞれが動き出す中で、ミハルもまた、勝利に向けて動き出す。
ミハルがやるべきことは、魔王の翼の奥の手潰し。この戦いの最大の難所への抵抗だ。




